第3章 ~痛い、恋 ~ (烏養 繋心)
真っ直ぐに続く、堤防の道。
太陽が沈む頃、風が止まった。
アスファルトと草いきれの
ムッとした暑さが
足下から立ち上ってくる。
いつもならこの時間は
犬の散歩をする人や、
ランニングをする人が
行き来する程度だけど、
今日は、人、人、人…
行列になってゆっくり動く人達の
ほとんどが持っているうちわは、
さっき、そこで無料で配っていたもの。
…イキがって受け取らなかったけど、
もらえばよかったな。
そんな俺のキモチが分かったように
隣を歩く彼女が、手にしたうちわで
俺をパタパタとあおいでくれる。
『カッコつけてないで、
うちわ、もらえばよかったのに。』
『あぁ、ホントに。(苦笑)
去年もこんなに暑かったか?』
『もう忘れちゃった。でも夏だから。
暑かったでしょ、きっと。』
…結婚して最初の夏。
去年の今ごろ、この花火大会に来た時は
まだ結婚を口にする勇気がなかった。
あれからいろんなことがあって
俺は、
幼馴染みの隣の姉ちゃんと結婚した。
隣で扇いでくれているのは、その人、
…俺のヨメサン、だ。
この花火大会は、町の一大イベント。
付き合い始めたカップルは、最初の夏、
ほぼみんなといってもいいくらい
ここに来る。
中学生から俺たちみたいなのまで、
その上は、子供連れ、孫連れ…
つまり、
知り合いがウジャウジャいるわけで。
さっきから何人も、
友達やバレーの教え子、烏野高校の生徒、
町内会の知り合いに会っている。
自然とあちこちに目をやるうちに、
揺れる人並みのずっと前に、
見慣れた…懐かしい、というか…
ポニーテールを見つけた。
驚きは、しない。
もしかしたらいるかもな、と
ちょっと思っていたから。
ポニーテールの横には、
緑がかった黒髪の、背の高い男。
…あそこも、
結婚して最初の夏だもんな。
彼女は、俺の元カノで、
今は、教え子 山口の嫁さんだ。
やましいことはない。
俺達の、披露宴ならぬBBQパーティーにも
二人で来てくれたし、
今でも町内会チームで一緒だから。
それでも、
今夜は声はかけないでおこうと思った。
お互いの"パートナー"との時間に、
終わった恋の想い出は、いらないだろ。
教え子と、元カノ。
二人の後ろ姿を見ながら思い出したのは、
愛、にまで育てられなかった、
恋、のことだった。