第5章 人は皆 十人十色
〈道場〉
いつもとは違い、物静か。
蝉の声だけが響き、蒸し暑く まさに夏。
向かい合わせて、互いに竹刀を構えた。
(絶対負けねェ)
数十分前
「勝負?」
何を言うかと思ったら、決闘を申し込まれた。
高杉は声を張り上げるのをやめ、一旦落ち着いた。
「あの時、何で手を抜いた?」
俺には分かってた。
あの試合で、俺から一本取れるチャンスが十分あったにも関わらず、アイツはそこを攻めなかった。
アイツはワザと俺に勝ちを譲ったんだ。
手を抜いたことは雅自身も自覚してた。
何でって?それは…
「…アンタと違って、勝ち負けにこだわったりしないからさ…」
雅の言葉と“全てがどうてもいい”と言ってるような眼差しは、まるで“勝つ”ことにも眼中がないようだ。
(ッ!本気の奴に勝たねェと、あんな試合勝ったとは言わねー)
「俺は本気のてめェに勝てねーと気が済まねーんだよ」
こっちが一方的に言ってるのに、雅は全く言葉を返してこない。
(今から試合やるとしても、またコイツが手加減したら)
どうしたら本気のコイツとやれるか……そうだ!
高杉はあることを思いついた。
「もしやらねーってんなら、お前の昨夜のことバラしても構わねェんだぜ?」
「!」
雅はその言葉に反応し、高杉を少し睨んだ。
(やっぱり、それだけは避けたいんだな)
高杉は雅の弱みを1つ握っている。相手の弱みにつけこみ、こっちのペースに持ち込む。
「俺が勝ったらてめーのことをバラす。これは脅しじゃねーぜ」
(少し小汚いかもしれないが、コイツも考えざるを得ないだろうぜ)
高杉は薄笑いを浮かべた。
「……私が勝ったら?」
「てめーが俺に1つ命令してもいいぜ」
雅は目を伏せて考えてから、口を開いた。
「道場は空いてる…?」
そして、今に至る。
(誰もいない道場は逆に集中できて、コイツと試合するにはいい場だ)
高杉はそれほど、雅との試合に強くこだわった。
だが、自分でも未だに分からなかった。
さっき雅の腕を掴んで止めたのも、試合しろと言ったのも、
(何で俺はそんなに、コイツにこだわるんだ?)