第18章 帰ったらまず、手を洗おう
「ハッ。この短期間で気付くとは、流石は“青い死神”だな。いや、以前は“翡翠の巫女”と呼ばれていたか?その残虐さや容赦の無さ故に、忌み嫌われるようになったとか…」
「話をすり替えるな。で、一体何をばらまいた?」
「簡単に口を割ると思うか?お前のような小娘に」
女は懐からある物を取り出した。それは小型注射器で、男の首元に針を当てた。
「これは、さっき感染で死亡した隊士の体液だ。これを打ち込めばどーなるかな?」
「!」
男は顔色を変え、即座に手元の刀を捨てた。
「や、やめろ…それだけは……」
「そんな動揺するってことは、やはり、“これ”を知ってるって事だな?」
女は男に約束した。タネを明かせば目の前で注射器を捨ててやると。
人の命を救う彼女は、時に鬼になる。
「早く言え」
「……“蠱毒”(こどく)…だ」
男は話を続けた。
「お前の言う通り、それは“外部”(宇宙)から運び込まれた代物だ」
星が使い物にならなくなるくらい甚大な被害を与えるいつぞやから、禁忌の存在として歴史の闇に埋もれた物達。
呪術を使う傭兵部隊。その名も……
「“魘魅”(えんみ)。奴らがばらまいたウィルスの治療法はどこにもない」
「……なら、お前達の軍も」
「我らだけではない。天人も巻き添えを食らうが、貴様ら反乱軍の頭数を考えれば、こっちが生き残るのは明白だ」
幕府軍及び天人と攘夷志士の戦力差は歴然。諸刃の剣だろうと、くたばるのが早いのは間違いなく後者。
「既に感染した者はもう手遅れだ。いくら貴様でも、解毒することはできまい…」
「……」
女はしばらく黙り込んで内心動揺を隠しきれなかった。
殺人ウィルス。それも治療法はない。感染した者はもう助からない。
この戦場にいる限り、私達が全滅するのは時間の問題。
今回の敵は、斬ることはできない。
「……どうした?絶望して戦意を無くしたか?」
「……」
女は約束通り、注射器を捨てて、男は安堵の顔を浮かべる。
その瞬間、男の体から血が吹き出した。女の手には刀が握られていた。
・・・・・・
「約束は守った」
男は女の足元に倒れ、物になった。
(貴様ごときの尺度で、“あの人”の医術を計るな…)
女は男の言動が癪に障ったのと、自分達が予想以上に追い込まれていることを悟り、怒りと動揺で刀を握りしめた。