第18章 帰ったらまず、手を洗おう
とある場所にて、
「本当にここであっているのか?」
「間違いねェよ。裏から出回った情報によりゃ、この山を越えれば、奴らのアジトがあるぜ」
生い茂った山の中。暗闇の中を恐る恐る進み続ける複数人の男。
腰には刀を帯び、幕府軍の使いの者達だ。
歩き慣れない山で苦労しながら、敵の居場所を探っている。
たいまつの火をつけたいところだが、敵に居場所がバレる可能性があるため、手探りで位置感覚を掴んで、慎重に進むしかない。
地面に盛り上がっている木の根っこに足を引っかけると、一々ひやりとしてしまう。
フクロウの納得したようなホホウの声を耳にすると、条件反射で刀の柄を握って構えてしまう。
幾戦をくぐり抜けた幕府直属の武士ともあろう者が。とても情けないと、自分達で自覚していた。
ここは、お化け屋敷よりたちが悪い。自然が作り上げたスリルだ。
「何で俺達がこんなとこ歩かなきゃいけないんだ?もうずっと走りっぱなしだってのに」
定時後の残業で愚痴を言う会社員のように呟く。
「仕方ないだろ!もしここで手柄を立てたら、官軍に大出世だぞ。走りっぱなしのせいで脳みそも沸騰したか?」
「何だと?」
お互い顔を満足に認識できない中なのに、喧嘩が始まりそうな険悪な雰囲気に包まれる。
間に2人が入って、何とか仲裁しようとする。
度重なる疲労で心身ともにそう余裕はない。急いで早くここを抜けなければ。
頭の中では理解していても、やはり士気が落ちてしまう。
「?」
1人の隊士が微かな物音を察した。
リスが木の枝を伝ったのか?いや違う。もっと大きな音だった。
刀を抜いたような…
「どうした?」
「……なあ、今音が」
顔に何かの液体が飛び散った。
一瞬のことで、話していた途中だったため、口に入ってしまった。
鉄のような味が口内でじわりと広がる。
恐る恐る下を覗いた。
「うあああぁぁぁ……!!!!助け……」
他の叫び声がぷつりと消えた。バタンと倒れたような音がした。
地面には、
・・・・・
仲間だった死体が2つ転がっていた。赤い池もできていた。
(な、なんてことだ…!!)
あと1人は?!俺以外にあともう1人いるはずだ!
「おい!他に誰かい…!」
「動くな。そして喋るな。二度は言わないぞ」
後ろから聞き覚えのない女の声が、静かに宥めた。