第18章 帰ったらまず、手を洗おう
「お前…」
「私に限った話じゃない。大切なものを失った人は皆そうなる。人の死を多く見てきた私だからこそ言える」
愁せんせーと共に色んな場所へ行ったさ。
賊や天人のごろつきによって滅ぼされた村。幕府中枢の陰謀によって壊滅状態に陥った集落。
そこにいる人達は皆、同じような目をしていた。
(愛する人を失った悲しい目だ……)
私はまだ小さくて今のような度胸も強さもなかったから、そんな人達を見るのが怖かった。
だからよくせんせーに手をつないでもらったっけな。
私にとって“その人”が愛する人だった。だから今の私は、昔見たあの人達と同じようなものだ。
せんせーは金もとらずに貧しい人達に医療を施してきた。
幕府にその“術”を渡すことなく、荒れた世の中で、ただ多くの人達を救ってきた。
渡せば、幕府はより強大な力を手にして、より多くの弱者は飢えて、国は腐っていく。
だから華岡愁青は、国に従うことなく、己の信じた道を進み、自分が正しいと思うことをしてきたんだ。
それがあの人が定めた侍だった。
私はあの人に預けられたこの医術とあの人の尊厳を護り通す義務がある。
今思えば、せんせーが成していたことはきっと、松陽と同じ事だったんだな。
あの人は松陽と本当によく似ている。だからこそ私はこの戦で……
雅は高杉から目を反らして、歩き出した。
「おい。どこ行くんだ?」
「言ったはずだ。用事があるから残ったって。アンタは先に帰って休んだ方がいい」
「用って何なんだよ?」
「アンタは知らない方がいい」
禍々しい雰囲気に死神のような鋭い目つきの彼女を前にして、高杉はそれ以上言うことも追いかけることもできなくなった。
(松陽は愁せんせーとよく似ているよ。だからこそ私はこの戦で、取り戻さなきゃいけない)
同じ仇敵によって師を失い、その辛さを理解できるから、私はここにいる。
私からしたら、銀や桂や晋助はガキだよ。だからこそ奴らに、
・・・・・・・・・
同じ思いはさせない。
(アンタは私のようになるなよ……)
私のような大人にな。
もう失うのはごめんだ。アンタのこともな。
雅は高杉の前から姿を消した。
「雅……」
一番救いたかった奴だと?
俺にとって救いてェ奴は松陽先生だけじゃねーよ。
俺はお前が……