第18章 帰ったらまず、手を洗おう
前回とは違い、押し倒されることなく、後頭部を抑えられ、立ったまま口付けされた。
高杉は身長差を埋めるよう体を少し屈めて、見下ろすような体勢で雅に触れる。
(嫌なら振り払えよ……)
自分の想いと矛盾したことを思いながら、唇を触れ合った。
しかし振り払われるどころか、雅は指先ですら動かさなかった。
自分がまいた種のようなものだ。抱き締めてくれと頼んだ。自己責任か、と呑気に思っていた。
高杉には以前したこともされたこともあったから、二度あることは三度あるんだなとも思った。
(雅……)
乱暴だったキスは次第に、雅の温もりを堪能するような優しくて甘いものへと変わっていく。
今夜のこの瞬間だけ、雅への愛しさに酔いしれたい。
自分のではない体温を、口唇を通じて感じる。
他人の目を気にする必要もない。立場や建前を今だけは忘れたい。
雅の中で柔らかい舌が当たり、吸い上げた。
「んッ」
雅が声を漏らした。
(やべェ。これ以上は……)
体力的にも精神的にもそろそろ限界に達し、高杉は雅を解放した。
理性が飛びそうなのを何とか抑え、距離を取る。
お互い息を切らせた。
「ここまで頼んだつもりはなかったが…」
雅は口の端から少し漏れた唾液を拭く。
その声からは怒りや悲しみなどは全く伺えず、相変わらず淡々とした口調だ。
「……すまねェ」
雅の弱った背中を目にして、何故か歯止めが利かなくなってしまった。
「何で、何されても怒らねェんだよ…?」
俺がやっておいて、こんなこと言える立場じゃねーが、俺はコイツが心配だ。
何されてもいつもすました顔してやがるその態度が。
医者の顔の時は、相手を想って怒る時はあるが、自分のことに関しては、無感情過ぎる。
自分のことに全く興味がねェようだ。こっちはいつも心配でヒヤヒヤしてるってのに。
それか強引にされたとしても、俺のこと、それほど眼中にねーってか?
「……そんな感情。とっくのとうに無くしたよ」
「!」
雅は暗い顔で、暗く小さな声を出した。
「一番救いたかったものを救えなかった自分を、愛することなんて出来ない」
そして、悲しい目と薄ら笑いを浮かべた。