第18章 帰ったらまず、手を洗おう
十数秒ほど経って震えは止まった。
「もういいよ晋助………晋助?」
しかし高杉は腕を解かない。
「…もう少し、このままがいい……」
「!」
女は男に腕力で敵わない。
ここには誰もいない。だからこそ人目に付かないから、らしくもないことを頼んだのではあるが。
このまま何か疚しいことでもされるかもしれない。
そういった危機感より、心配がこみ上げてきた。
(……甘える場所がないのは、お互い様か)
戦はかなり長期に渡って繰り広げている。
桂の圧倒的指揮力。坂本の詐欺師並の巧みな商い。
敵はおろか仲間にも恐れられる武神の銀時に、鬼のように強いと呼ばれる鬼兵隊のリーダーの高杉。
そして何より、私の幕府より数段勝る医術の技術力が、戦を長期化させている。
(圧倒的な頭数を前にしてここまでやってきたんだ。その分負担は大きいだろう。コイツも、銀達も)
今さっき自分の部屋代わりにさせてもらったから、今度は私の番か……
と雅は解釈した。
一方高杉はこの状況に喜びを噛みしめている反面、罪悪感も憶えていた。
他の隊士達にモラルというものを厳しく取り締まっているくせに、抜け駆けしているようだ。
よりによって雅に頼まれて、自分の気持ちとそれにつられて動きそうになる体を抑えきれるか。
明日の戦が彼女と会える最期の日になるかもしれない。
そんなことを密かに思いながら、ちゃんと生きてくれと毎度祈っては、帰ってきてホッとする。
本当はもっと話し掛けたい。今みたいに抱き締めたい。いつも叶わない願いだ。
(……せめて誰もいない今くれェは)
高杉は左手を伸ばして、雅の左手の甲にソッと触れて一方的につないだ。
彼女はされるがままで、抵抗しない。
(……やっぱ、嫌、じゃねェのか…)
人肌の体温。消毒液が微かに混じった匂い。綺麗な青髪。
彼女の一つ一つが、誘惑に思えてきてしまい、独占欲が芽生える。
“いっそこのまま、メチャクチャにしてェ”
ドクンッ!
その言葉が脳裏をよぎった。
手をつないでからしばらく動かずにいて、雅は不思議に思い振り向いた。
「どうし…」
話を唇ごと塞がれた。以前も感じたものと同じ柔らかく暖かい感触だった。