第18章 帰ったらまず、手を洗おう
「!」
「アンタに…そんなこと頼める立場じゃないのは分かっている。ただ……」
雅は口を噤んだ。
今までその重さを1人で背負ってきた。それが医者としての役目だ。
常に孤高であれ。仲間の死に狼狽えるな。そして忘れるな。その重さを心に刻み、1人でも多くの命を救うために戦え。
たとえ、冷酷だと蔑まれても、誰にも理解されなくても。
せんせーもそう言っていた。
医師は人間としてあるべき領域を超え、体を切り開くのだ。
非人道的。生命への冒涜。
いくら命を救うためであっても、今の世の中ではそういった偏見は拭えない。
医師は、孤高の者にしか務まらない。
簡単に誰かに他人に甘えてしまっては、この残酷な世界で生きていけない。
でも、何で今更私は…そんなことを……
(ああ、いつものように自分の部屋に籠もることもできないし、煙管をふかすことも酒を嗜むこともできないからか…)
抱擁にはリラックス効果があるというから、精神安定剤の代わりというか、それで無意識に頼んで……
スッ
「!」
背中全体に柔らかく包み込まれる感覚が広がった。
考え込んでいる内に、いつの間にか高杉との距離が0になっていた。
後ろから抱きしめることはあったが、抱き締められるのは、初めてだった。
(晋…助……)
抱き締められた途端、自分が独りでない実感が沸く。
晋助の心臓の鼓動が背中で感じ取れる。
ああ、そうか。私がこんならしくないこと頼む理由が、されてみて分かったよ。
・・・・・・・・
コイツだからこそか……
雅は無意識に足の力が抜けて、高杉が抱き締めている腕にそっと触れた。
(雅…)
抱き締めていて分かる。微かに体が震えてやがる。
腕を緩めたら倒れてしまうのではないかと思うくらい、雅は体に力を入れてない。
自分の腕の中にいる小さな背中は、この戦で大きな物を背負い過ぎている。
今くれェ、その重さを少しくらいは分けてくれ。
抱き締める力を少し強めると、雅も高杉の腕を掴んでる力を強めた。
「すまな…かった……」
人を救うことができなかった雅が言えるのは、それくらいのことだった。
「…てめーのせいじゃねェ。お前はよくやってくれたよ」
高杉が後ろから声をかけれるのはそんな言葉だった。