第18章 帰ったらまず、手を洗おう
雅はずっと背中を見せたままで、高杉と顔を合わせようとしない。
高杉はその理由を何となく察していた。
「そんなに弱気でいる所を見られたくねーってか?」
「……」
皆を先に帰したのは、調査のためなんかではない。
独りになりたかったからだ。
いつもなら部屋に戻って籠もるところだが、今は戦場にいる。
すぐに独りになるには、他の皆を先に帰すしかできなかった。
そんなところだろうと、高杉は容易に予想できた。
「見られれば医師としてのメンツが立たなくなる。人の命を扱うお前に最も求められるのは、冷酷なほどの冷静さ、だったか?」
「……」
雅は声を出さず、高杉はさらに声かけた。
「お前の判断がなけりゃ、隊士達はもっとパニックになっていたはずだ」
そしてようやく声を絞り出した。
「……励ましているつもりか?私はアンタの部下を助けられなかった。もっと他に言うことが、あるんじゃないのか?」
ようやく後ろの高杉と横目で目を合わせた。
その目は決して死神のものではなかった。冷酷な彼女は今この場にいなかった。
「…見通しが甘かった。経験則で、判断してしまった」
右手の握り拳を作り、わなわなと震えて、拳の側面で大岩を思いっきり殴った。
岩の表面は荒く、殴ったところから血が滴り出た。
「お前…」
「もっと警戒すべきだった。私の責任だ……」
未知のウィルスかもしれないと思っていたのに、何故その危険性をもっと考慮しなかった?
私が患者のそばにいれば延命措置ができたかもしれないのに、他の隊士に任せて、自分は休んでしまった。
呼吸や心拍数もその時まで安定していたから、甘く見てしまった。
私の甘さで、死なせてしまった。
(もう二度としないと、誓ったはずなのに……)
雅は微かに震えている右腕を左手で抑え込んだ。
(雅……)
背中だけでも、動揺を隠そうとしているのが分かる。
「……晋助」
「?」
「もう一つの頼みを聞いてくれる?」
「何だ?」
「……少しだけでいい…そのまま後ろから…抱きしめてくれない?」