第18章 帰ったらまず、手を洗おう
銀時は後ろを振り返ったが、仲間はかなり向こうで待機している。
今の言葉を聞いたのは自分だけで、会話を第三者に聞かれることはないことを確認した。
「え?お前……高杉のことが…」
口元をひくひくさせて、銀時は再び口を開いた。
「知らなかったのか?普段の私の行いで見え透いていたかと思っていたが」
(いやいや分ッかんねェよ!全く愛想もねェし!無愛想100%だしィッ!)
雅は私情を全く持たず、戦に勝つために治療に専念する軍医。
笑ったり泣いたり決してしない。銀時にとって雅は、そんな完璧超人のようにしか見えなかった。
実は影では、皆寝静まった夜に、独りで密かに涙を流す少女だとは、思っていなかった。
「まあ、好きと言ってもアンタの想像するようなもんじゃないさ」
胸が高鳴ったりもしない。抱き締めてとお願いするわけでもない。
ただ、アイツがそばにいると、
・・・・・・・・・・・
他とは明らかに違うのは自覚している。
私が一番多く笑うのは多分、アイツがそばにいる時なんだろうな。
「……お前にも、ちゃんとそんな感情があったんだな」
銀時は息を吐くようにそんな言葉をポロッと出した。
まるで何か安堵しているようだった。
雅は本当に、感情とは無縁の奴だと、松下村塾にいた時から、ずっと思っていたから。
「いつからなんだ?いつから、アイツのことが…」
「……」
雅は、戦の煙で淀んだ空を見上げる。
遠い過去。華岡愁青先生の付き人として、彼と診察に行ったことがあった。
私がまだ8歳くらいの時。12年も前か。
天人の侵攻が今ほど進んでなかったから、とても澄み切った青い空をしていたな。
そこは立派な屋敷で、肺炎を患っていた女性を看に行った。
私は別の部屋で、先生の診察が終わるのを待っていて、そこには屋敷の旦那とそのご子息がいた。
『私の倅だ。君より少し年下だな。晋助、挨拶しろ』
『……』
その男の子は特に口をきかず、プイッと横に顔を向けて、私と目を合わそうともしなかった。
生意気な態度。でも何でだろう。私はその少年の横顔が印象に残った。
帰りにその屋敷の表札をチラッと確認した。
門をくぐって振り向いたら、姓は“高杉”と書かれていた。
『高杉…晋助…』
「……さあね。忘れた」