第18章 帰ったらまず、手を洗おう
私の理想は、周りの全ての人を救うこと。
そしてもう一つ、誰も傷つけない優しい人間になること、だった。
それが私の全てだった。それが正しいことだとずっと信じて、私はあの人に、華岡愁青に付いて行った。
いや、私はただ、あの人に憧れていたんだ。
あの人が私の理想と言っても、過言じゃなかった。
でもその理想は壊れてしまった。いや、
・・・・・・・・・・・
私が壊してしまったんだ。
雅の脳裏に浮かんだのは、自分を黒い鴉から守ってくれた師匠の背中。
赤い血で汚れた地面。
土産の和菓子の包みには、赤い血しぶき。せんせーと彼女の思い出深い品物は、黒い鴉の汚れた体液で汚れた。
それだけじゃない。師匠の手を汚してしまった。
今まで、数多くの病の人々を救ってきたその手を、人殺しに変えてしまった。
自分がもっと強ければ、こんなことにならなかった。
刀なんて人殺しの道具。自分はただ、せんせーの人を救う術だけを身につければ、それだけでいい。
そんな理想像を掲げた故、自分が弱かった故に、師匠の綺麗な手を汚してしまった。
(あの時は、色んな感情が混ざり合ったよ……)
せんせーは、こんなに強かったのか?
いや、何で人を救うはずのせんせーが、
・・・・・
そんな術を持っていたの?
それは間違いなく、人殺しの術じゃないか。
あの時は、自分が助かったことを素直に喜べなかった。
同時に、せんせーのあの目を見て、怖じ気づいた自分に吐き気もしたよ。
私がせんせーを失ったのは間違いなく、
・・・・・・・・・・・
自分の弱さのせいなんだ。
「……そういうアンタは、相手に優しすぎる。他の隊士からよく聞くぞ。敵の負傷兵を助けているんだってな」
雅は後ろにいる辰馬を睨んだ。
「別に私はアンタのやり方が間違っているとは言わない。ただ軍医として、友としては忠告しておく」
振り向かずに最後の言葉を残した。
・・・・・・・・・・・
「その度が過ぎる優しさは、
・・・・・・・・・・・・
いつか自分の身を滅ぼすぞ」
雅にとってその言葉は、
・・・・・・・・・・・・・・・・・
過去の自分に最も言い聞かせたい言葉であった。