第18章 帰ったらまず、手を洗おう
坂本の顔を見上げて、背を向けた。
「どこにいくんじゃ?そういえば、今日はおまんは非番のはずじゃが、何で陣羽織を……」
雅は来ているのは部屋着の着物ではなく、戦で戦うときのための青い陣羽織。
一年前、藍屋勘の息子を救ったことで、その恩返しとして頂いた物を身にまとっていた。
「……辰馬。残念だけど、私は死なないよ。死神と呼ばれるほど、しぶといから」
雅は顔を見せず、背中だけを見せて後ろの辰馬に話しかける。
辰馬から見て、その背中からはただならぬオーラを感じ取った。
「……要するにアンタはこう言いたいんだろう?「お前は何のために今もその先も戦い続けるのかは知らんが、決して人間をやめるな」と」
「…ああ。いくらわしでも、おまんのその真意とやらは見抜けん。いや、おまんはこの先も誰にも言わんだろう?」
……ああ。やっぱり私は、コイツのことが苦手だ。
私が何のためにここにいるのか。何を想って生きてきたのか。
そんなこと誰も理解できるわけがない。
・・・
あの人を除いて、私の真意が分かる人間なんて、いるわけがない。
だが、坂本は恐らく少なくとも、真意は分からずとも、
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分からないなりに私の腹の中を読んでいる。
年は私より一つか二つは上くらいの、まだ若造のはずなのにな。
銀や桂や晋助とは全く違うタイプ。
一見馬鹿そうな奴でも、中を開けてみたら、あの三人とは違う意味で化け物だ。
こんな人がいるなんてな…
「ワシの思い違いであってほしいんだが……今のおまんは、人間であることをやめているように見えてな。初めておまんの顔を見た時から、ずっとじゃ……」
腕のいい医者が攘夷志士の中にいる。しかも神の手のごとき凄腕で、女だ。
そんなことを聞いて、わしゃぁは物凄く興味が沸いた。
世の流れに逆らう、まるで鯉の滝登りのような存在。
きっと精神的に人間離れした奴だろうと。
わしゃそう予想していた。
そして初めて対面した時。対面と言っても、遠くからその横顔を見つけただけじゃが。
一目見てすぐに分かったぜよ。
わしの予想以上の大物かもしれんな、とな。
この男、坂本辰馬は以前、高杉と揉めたことがあった。
「雅が人間には見えない」と辰馬が言い、高杉が激怒して突っかかったあの時だ。