第18章 帰ったらまず、手を洗おう
ある部屋の前を通ると、何人かが体調が悪そうで寝そべっていた。
顔色は悪く、そばには薬と水のコップが添えられている。
その部屋は病床だ。
(あんなに体調不良がいるのか。妙だな…)
高杉も心当たりがあった。
鬼兵隊の中でも、変な咳をし始めて、頭痛や吐き気を催す奴がいた。
数日でよくなると思っていたが、一週間が経っても、症状は改善されていない。
雅の薬はよく効くはずなのに。
(もうすぐ秋になり、段々と肌寒くなる。季節の変わり目はよく体調を崩しやすいが…)
この時高杉はそう思っていた…
「晋助」
雅が病床の奥の方から姿を現した。
「また部下の見舞いに来たのか?感心するな」
「……ああ、そんなとこだ」
高杉は昨日買ったプレゼントを渡すために来た。
普通にそう言おうとしたが、素直に言えず雅の言葉に頷いてしまった。
その理由は、自分達の立場をわきまえているからだ。
今自分達がここにいるのは、戦に勝つため。
昨日は楽しい街中で羽を伸ばしたが、ここにいれば皆攘夷志士の顔になる。
特に雅の場合は、その変化が色濃く出ている。女性のように優しい目や表情とはかけ離れてしまう。
表情は昨日とは違って、引き締まった顔に戻っている。心なしか声も低い気がする。
何より目つきが、百戦錬磨の軍人のように鋭い。いつもの雅だ。
明らかに戦いに身を置く“死神”に戻ってしまっている。
その覚悟の現れを目の前にすると、昨日の思い出話に浸ることも、浮かれることもできない。
昨日の穏やかな祭りムードの中で渡すべきだったと後悔しながらも、高杉は懐から小さな包みを出した。
「それは?」
「これは昨日買ったもので…」
「おーい、おまんら何密会してるぜよ?」
酷いタイミングで、バカでかい辰馬の声が廊下に響き渡った。
どんどんこっちに向かってきている。
(ヤバい。今俺がコイツにプレゼントするところを見られれば厄介だ)
高杉は舌打ちした。急いで包みを雅の手の平に押し付けた。
「?」
「取りあえず渡しておく。後で説明する」
辰馬と雅関連で関わりたくないので、ちゃんと説明せずその場を後にした。