第16章 愛しさと切なさは紙一重
高杉はその頃、部下の誰も知らないある小さな部屋にいた。
そこでいつも、頭に巻いてる包帯を取り替えていた。
自分の部屋だと、誰かが急に入ってくると、
・・・・
困るから。
血まみれの書物を懐から取り出し、鏡台に置いた。
改めて見ると、真ん中に刀で刺されたような分厚い跡が残っている。
痛々しい見た目になってしまったが、それは紛れもなく、松下村塾で学びを心得た証。
彼女がそこにいた唯一の証だ。だから、捨てきれず、奥深くにしまってあったのか。
いつものように包帯をほどき、新しいのを巻くために鏡を覗く。
「……」
左目のちょうど横にかすり傷がある。10年前の攘夷戦争で、傭兵として参加していた馬董との戦でついたものだ。
普段は包帯で隠れる上、外していたとしても前髪で隠れるから、誰も知らない。
俺以外で唯一、雅しか知らないはずだったもの……
鏡を見る度に、いつもその傷跡が目につく。
そっと触れる度に、あの女のことを思い出す。
どんなかすり傷でも、誰よりすぐに気付いてくれて一言声をかけて心配してくれた。
あの声にあの綺麗な翡翠色の瞳。
それらはもう、この世にはない。もう見ることも聞くこともできない。
雅。お前は松下村塾で、夜、隠れて泣いていたよな。
戦の時も、夜の外で独りで涙を流していたことあったよな。
だが、今なら少し分かるよ。お前の気持ち。
何も返せてなかったのに、何で先に死んじまったんだよ。
俺の気持ちも知らずに、何であんなことしたんだ。
俺が生き残って、お前が死んでどうすんだよ。
医者が、患者よりも先に逝っちまっちゃ、しめーじゃねェか…
『でも、本当に失明しなくてよかったよ。親からもらった顔は大切にしなよ』
「……ッ」
馬鹿やろう…
残っている右目から、哀愁の涙が零れ落ちた。