第16章 愛しさと切なさは紙一重
(私も、それを見てきたっス。大事な人たちが殺されていくのを……)
また子の瞳の奥に、かつて国のために戦った両親の立派な背中が写った。
しかしその背中はもうこの世にはない。
幕府が放った業火で燃えつきてしまった。その炎は繋がりの糸を伝って、周りの縁者でさえ燃やし尽くした。
また子はその炎から何とか生きながらえて、暗闇の中をただ走った。
頭の中は逃げることだけで、その分草履の底はすり減る。
もうだめだ。
自分もその内、幕府に見つかって殺されると諦めかけていたときに、ある男の存在を耳にする。
最後の“侍”(もののふ)と呼ばれた、伝説の攘夷志士。高杉晋助だ。
その光を頼りにして、こうして今ここにいる。
不安で歪んだ世界の中で、晋助様の存在は皆にとって希望の光。
この人についていけば、きっと国を討ち取れる。死んでいった仲間たちの想いは、きっと報われる。
全員が晋助様を、窮地を救ってくれた大恩人だと尊敬している。
だからこの人に命を尽くす。たとえ死んだとしても、この人のためなら本望だと。
「私、晋助様のためなら、自分の命は惜しくないっス。晋助様が私達の願いを遂げてくれるなら。私も皆と同じ想いっス」
「……そうか」
む。そろそろか……
江戸行きの船が出航する時間になったため、万斉は最後にまた子に言葉を残した。
「また子。晋助を頼んだぞ」
「!」
また子は顔を赤くした。
「誤解するなよ。武智にも伝えておいた」
(あ~。今私とんだ勘違いを…!頼むって、てっきり“青い死神”の代わりなんて……!)
また子にとって高杉は総督であり、抱きつきそうになるほど好意を抱いている。
“青い死神”のことを聞いていたさっきも、何だか複雑な心境だった。
「万斉先輩から青い死神について聞いたってことは、内緒にしておいた方がいいッスか?」
「そうだな。晋助にとっては傷を抉られるようなものだ。アイツにとって、幸せが垣間見える思い出や過去は、今となっては生き地獄でござるからな」
酒を酌み交わした時晋助が、その過去の戦友であり想い人であるその女のことを慕っていたのは、あからさまだった。
たとえ戦争の中でも、自分が好きだった女に対しての気持ちは変わらない。
いや、身も心も死にそうな戦争の中でこそ、彼女の存在を余計愛しくなったと、言うべきでござるか。