第16章 愛しさと切なさは紙一重
しばらく走っていると、藍屋がある通りまで戻ってこれた。
ここまで来ればもう追っ手も来ないだろうと、雅と高杉は少し息を切らせて休んだ。
「まあ皮肉っちゃ皮肉だな。人助けしたのにお役所の犬に嗅ぎ回されるのは」
「……そうだな。松陽先生みたいに」
雅がその名を口にすると、高杉は足を遅くして、顔が曇った。
高杉の苦そうな顔を横から眺めて、雅はその気持ちを察する。
(……晋助は、松陽を捕縛した幕府の理不尽さに腹を立てているんだな)
幕府が国全体に課した、“侍としてのあり方”。
自分たちに都合のいい理屈ばかりを並べて、都合の悪い奴を捕縛し殺す。
それ故に、この国の人々の心は、どこかしがらみに囚われている。
一見明るく活気なこの街でも、裏では幕府に対する不満のもやがかかっている。
今のこの国は、腐っているのかもな。
(天人の介入で、この国は大きく変化している。だが幕府は自ら天人の犬になることを選び、この国の民の意向を無視した)
不満を抱き抗議しても全員、幕府の手の者に皆殺しにされた。
国を想う多くの侍も、腰抜けの幕府に立ち向かっても、幕府は何の言葉も聞く耳を持たず無慈悲に殺した。
今いる多くの侍、私達攘夷志士はそんな幕府の方針に対して反旗を掲げて、戦っている。
天人に迎合する幕府を打ち倒し、奴らに負けないほどの強い国を作り上げる。
それがこの戦の目的。
(だが晋助はそんな野心は持っていない。全ては松陽先生を助けるために戦っている)
そして私も、国のことなんか知ったこっちゃない。
医者の私は本来、「この国で病んでいる人々を救う」という野心を掲げるのが賢明なんだろうな。
雅は真っ暗な空を見上げる。
私が“華岡愁青先生”から医術を学んだのは、全ては病気がちの母親のためだった。
でも母親は、私の監督不行き届けで、亡くなってしまった。
(母さんは……幕府に殺された…)
華岡愁青の重要参考人として連行されて、弱い体に無理がたたって、死んだ。
あの時、私がちゃんと母さんから離れなければ、殺されずに済んだ。
私にもっと、“護る力”があれば……
妖刀“新月”の鞘の部分を握り締めると、手から血が滴り出た。