第16章 愛しさと切なさは紙一重
多くの仲間を救うことを最優先にし、軍で貢献してきた。
そして医者でありながら、多くの敵の命を奪ってきた。
女でありながら医者であり、しかも戦という惨状を駆け抜ける異例の侍。
敵に蔑まれ、仲間でさえも異様な目で見られることがあっても、彼女は何も言わない。
全ては自分の使命のため。それを全うするのに、余計な感情など必要ない。
しかし死神と呼ばれる彼女でも、人間の心を持っている。
多くの人の命を救い、その心に触れてきたから、何か思うことがきっとあるのだ。
「……今回俺がお前を誘ったのは、戦では吐けねえ本音とかを聞くためでもある。お前は俺の戦友でもあり幼なじみでもあるからな。俺でよければ聞く」
「……」
それにしても、雅が隠している私情とは、一体何なのか。
「あんたの言うとおり、私は幕府や奈落に対して、憎悪を抱いている。色々と因縁があるからね。だけどそれは個人的な感情として頭の隅に置き、私はあくまで仲間と松陽先生のために幕府軍を相手にしている」
奈落が山で姿を現したあの時、私の中の復讐の血が騒いだ。
皆との団結を著した白いはちまきをしていても、あの時あそこにいたのは、軍医雅ではなかった。
私の母と華岡愁青の名誉を傷つけた奈落に対し、怒りに身を任せ医者としての理性をしまった__雅だった。
「確かに復讐は、戦いの火種であり悪でもある。戦が起これば多くの人の命を摘み取る。でも私は医者として最も言ってはいけないことを言う。正直、“復讐”そのものを間違っているとは思わない」
「……」
“復讐”
高杉の心にその言葉が響く。
自分たちの目的は、天人に迎合した国を討ち、新たな国を建てること。
そうすることで、今の荒れた世の中を終わらせて、多くの民も侍も救える。
そう決断したきっかけは紛れもない。松陽が拉致されたことだ。
だが今の自分たちがやっていることは復讐ではない。
彼女もそれを重々承知の上で、復讐心を、私情を抑えてきたのだ。
「復讐とは、誰かを愛していたという証拠でもある。自分自身を愛していたなら、自分の名誉のため。他の誰かを愛していたなら、その人の名誉のため。愛とは人が必然的に抱く最も身近な感情だ。復讐を否定するということは、それを否定することだと、私は思っている」