第16章 愛しさと切なさは紙一重
「護れなきゃ救う意味なんてない。あのときの喪失感は、今でも忘れることはできない」
ただ、もし失わなかったら、私はあのまま救うことばかりを考えて、剣を握ることなんてしなかっただろう。
この世はあまりにも人が死にすぎる。
それぞれが自分が正しいと信じ込み、血の暴力で相手をねじ伏せる。
こんな世の中じゃ、昔の私は壊れる運命だったんだ。
(だけど、もっと早く
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それに気付いていれば、その患者を護ることだってできたはず。愁先生が私を護ってくれたみたいに)
死神のように、一瞬で奈落を倒したあの力。
あの時は恐怖しかなかったけど、今思えば私にとって足りないものだった。
もし持ち合わせていれば、その人は壊れる運命でなかったはずだった。
恐怖とは、目の前の惨劇なんかじゃない。無知なることだ。
私は剣を使い暴力に走るのは愚かな行為だと思っていた。
それで世の中の残酷さを理解していなかった。きれい事だけを並べていた。
無知だった。
先生ほどの医術があれば、この世は必ず安泰になるとばかり、夢見ていた。
(あの人が、自分の医術を容易に幕府に渡さなかったのは、
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そういうことだったんだ……)
今の幕府は信用できない。きっとそう思っていたんだ。
幕府は攘夷志士を邪な思想を持つ反逆者と決めつけ、その家族でさえも全員皆殺しにしてきた。
その悪行に手を貸すことを拒んでいたんだ。
もし手を貸せば、また多くの民が死ぬ。
高度な医術が広まれば、戦はより効率的になる。戦争はさらに激化する。
そして天人の手に渡れば、この国は完全に支配される。
(でも先生はそれでも、多くの人を救いたいと願っていたんだ。貧しさも関係なく、色んな人を助けたんだから)
私も昔よりは医者らしくなったから分かってきたよ。あの人の考えも。
人を救いたい思い。荒れた世の中。色々葛藤していたんじゃないかな?
そして私は、あの人から唯一その医術を譲り受けた者。
幕府ではなく、たった1人の小娘。
幕府はその事実を知れば、恐らく私を……
「じゃあ、お前が山で奈落を倒したのは、仇をとったってことか?」
「……いや、とったなんて思えなかった。ただ、むなしかった」