第16章 愛しさと切なさは紙一重
『せんせーどうしたの?そんな思い詰めた顔して?』
『!。ああ、いや、何でもねえんだ。ちょっと考え事をしてただけだ』
愁せんせーは、それしか教えてくれなかった。
十年ほど前、ある時期から“せんせー”はとても浮かない顔ばかりするようになった。
医者として厳格で皆から信頼されている優しい人。
1人の患者である母さんにも、とても優しくしてくれる。
でも私といてくれるときは、少し無邪気なところを見せてくれて、それは素を見せてくれるほど、私を信頼してくれるんだと、嬉しかった。
せんせーがそばにいても、浮かない顔をされるのは嫌だった。
まだ十にも満たなかった私では、力になれなかった。聞くことができなかった。
“華岡愁青だな?”
“俺の弟子に、何しやがる?”
せんせーに、あんな顔までさせてしまったのは、私の無力さが原因だ。
でも、一番許せないのは、私からせんせーを奪った“あの烏”(奈落)だ。
だから私は、路頭に迷いながら、心のないただの肉の塊になりながらも、アイツらのことを独自で調べてもいた。
そしてよりにもよって、“もう1人の先生”(松陽)を、同じ奴らに奪われた。
(それだけじゃない。アイツらは……)
私から奪ったものは、2人の先生と……
「アイツらは、私が受け持っていた1人の患者を殺したんだ。だからよく知っているんだ」
「!!」
患者だと?
「……じゃあ、山で敵は討ったってことか?」
「……いや、虚しいだけだった。その患者が死んだのは、私のせいでもあったんだ…」
「!」
医者を幼い頃から志していた雅にとって、一番の屈辱的なことだ。
救うべき者を、見殺しにしたのだから。
「……何でてめえのせいだと思うんだよ?やったのはアイツらだろ?」
「……その患者は、訳あって幕府に身を追われる人だったんだ。私はそれを知っていても、治療を受け持った。でも、私が目を離したから、その人は奈落に見つかり、幕府に処刑された」
私の監督不行き届けだった。
昔の私は本当に未熟だった。偉大な先生に教わったからだと、天狗になっていたんだ。
私には足りなかった。救うだけじゃない“護る”力が、昔の私には無かった。
雅は今自分が握っている護るための刀をさらに強く握った。