第16章 愛しさと切なさは紙一重
「…確かにそうだな。自ら命を落とすなんざ、弱い奴のすることだ。俺は強くいる」
「……よく考えたら、殺す気か?と私が最初に話を振ったから、私に非があるな。やけになって悪い」
それに、自ら死ぬのが愚行なら、私は人のこと全くもって言えないな……
「……」
雅は綺麗な町娘のように着飾ってはいても、口調や雰囲気はやはりおなごらしくないな、と高杉は思った。
「……もし私が死んだら、アンタはどうするの?まさか心中なんて本当じゃないでしょ」
「お前を殺した奴を殺す」
「……」
雅はしばらく黙り込んだ。
だが高杉の言ったことを否定するつもりはなかった。
戦に身を置く自分達が、殺しを否定するなんておかしな話だからだ。
しかも高杉が殺すのは自分自身のためでなく、仲間を殺された無念のためだから。
「……」
「…お前、あの山で会った“アイツら”のこと、知ってたのか?」
!!
雅は周りを見渡して怪しい奴がいないか確認した。
「……知ってたが、それがどうかしたの?」
「アイツらは松陽先生を奪った奴らだ。だから俺にも知る権利はあるはずだ。もしお前が俺以上にアイツらのことを知っているんだったら教えろ。そしてそうなら、なぜ今まで黙っていたのかもな」
「……」
雅は風呂敷で包んでいる刀をギュッと握り締めた。
「……奴らは“天照院奈落”と呼ばれている組織だ。そしてソイツらを操っているのが“天導衆”。幕府の表の顔が将軍であるとするなら、奴らは裏の顔。私たち攘夷志士専門の暗殺部隊だ」
その実力は、高杉と共闘しても手に余ったほどのもの。
その身の骨の髄まで暗殺のために生かされた物達だ。
「……だから松陽先生を…」
高杉はこれまで、松陽を奪ったのは将軍徳川定々の差し金と思っていた。
しかし、実際は松陽を巡って裏でも彼の存在を危険視していることを、今知った。
「……何でそんなに知っている?」
「……」
彼女の脳裏を過ったのは、心から尊敬していた師の背中。
その誇り高き大きな背中は、黒い衣裳を着た奈落たちの血で汚れてしまった。
医者としての尊厳を背負った、その大きな背中を、あの烏は汚したのだ。