第16章 愛しさと切なさは紙一重
(患者第一に考える雅が、そんな脅しをするなんてな……)
悪ふざけではなく真面目に。
アイツらしくない。だが、らしくなくても、それくらい自分の素性を隠すのに必死なんだな。
俺は前に聞かされたが、あれが全てとは限らねェか。
「だから、あの方のことはこれ以上私に言わないでくれ。もちろん名前も」
「そのつもりだから安心しな」
「私はあの方と出会ってから信仰を控えているのだが、あの方のこととなると少し…」
「アナタ。旦那様。先生のお着替えが終わりました」
雅の着替えの補助を終えた藍屋勘が、襖を開けて現れた。
しかし本人の彼女が何故か来ない。
「先生大丈夫!すごく似合うから、来、て、よ!」
部屋の外の廊下から、娘の明るい声が響いてきた。
「ちょっと。そんなに引っ張ったら破けちゃう!先生私よりも大人なのに子供っぽく駄々こねるのやめてよ!散歩から帰りたがらない柴犬のポチになってるよ!」
全て丸聞こえで、廊下で繰り出されている攻防戦がどんな状況なのか、声だけでわかった。
(着せられた服が不服で、見られたくねェってところか?)
あと、柴犬のポチって誰だよ?
しかもあの雅が駄々をこねてるだって?どんだけ変わったデザインなんだよ。
高杉は自分から見に行くために、畳から腰を上げて廊下を覗いた。
「!!」
そこに立っている女性を見て、目を丸くした。
綺麗な橙色の着物を着た八方美人。ちゃんと化粧がされて、どこにでもいる年相応の普通の女性。
いや、彼女は明らかに他の女性よりその美しさは別格だ。
大事な女性がいる男の人は、その女性を江戸一の美しさを持つと言う。
高杉は同じように彼女のことをそう思った。
「お前…!」
雅は袖で顔を隠した。おなごが恥ずかしがってやるみたいに。
「やっぱり先生の青髪には、鮮やかな橙色の着物が絶対似合うと思っていたわ」
藍屋勘は満足そうにニコニコしていた。
「あの…私はもっと静かな奴が……」
「えー。先生はいつも静かだからいいでしょ?」
「いや性格の話ではなく、服のデザインの話で…」
雅は戦の時は青の陣羽織、街に出るときは男物のように地味な色の着物しか着ない。
だから、こんな着飾っている彼女は、本当に見たことがない。