第16章 愛しさと切なさは紙一重
(コイツ何考えてやがる?)
俺ァコイツに告白されたことも、好意を向けられたことなんて一度もねェのに。
こんな嘘を平然と真顔で述べてやがる。
まさかコイツ、ガキとつるんで俺をからかってんのか?
スッ
「!」
雅は机の死角で隣の高杉の手を取って手の平を広げさせた。
その手の平にスラスラ指で文字を書いた。
『娘 叱られる』と。
(叱られる?。!)
なるほどな。
正直に話せば、母親は娘を叱りつける。
なら、今だけでも嘘を付いて、娘が言ったことは本当だと信じ込ませば、叱られずに済む。
雅の考えが分かった。
「やっぱりそうでしたか。まさか先生がこんなご縁と巡り合うなんて。やっぱり先生も1人の女性だとホッとしました」
「……ええ。頼りになる人ですよ」
雅は話しながらまた器用に高杉の手の平に書いた。
『ごめん』と。
「……いや、コイツの方がしっかり者で、俺が見習うくらいだ。だから惚れた」
「!」
高杉はそのまま雅の手をギュッと握って優しい笑顔を彼女に向けた。
まさか自分のほら話に乗ってくるとは、と雅は意外で驚いた。
その仲睦まじい2人に、藍屋勘はついニタニタしてしまった。
婚約者というより若夫婦に見えたから。
「…口を挟むようだが先生。随分と厚着していらっしゃいますね。こんな季節に」
「!」
ずっと寡黙だった主人が突然口を開けた。
夏場なのに羽織を着ていたのが少し気になっていた。
「しかもサイズも大きい。何らかの事情で、そのお方の物を借りたんじゃありませんか?」
「……君。ちょっと席を外してくれない?」
雅が娘にそう言うと、彼女はただをこねるどころかすんなりと承諾した。
高杉をからかいこの先どんな展開になるか気になるはずなのだが。
(あとは若いお二人で…)
ニシシッと笑い、自分のお茶菓子を全部口の中に入れてから、2階に上がった。
「実は少し怪我をしてしまい隠していました」
バサッ
高杉の羽織を脱いで、血で汚れた自分の服を見せた。
『!』
藍屋勘と主人は、横腹あたりの出血の痕を見て、思わず絶句した。
ここでゆっくり楽しくお茶の飲んでいて、しかも医者の彼女がこんな大怪我を負っていたなんて。
「染め専門なら血の漂白もできますか?」