第16章 愛しさと切なさは紙一重
「え!いいんですか?というより、今ここにいるんですか?」
「はい。経営者でありこの和菓子屋の職人でもあるんです」
パァァァ
女性の笑顔が神々しく見えてきた。
無の表情の死神と恐れられるのが雅とするなら、看板娘の彼女は、笑顔で向けた相手をあたたかく柔らかく包み込む天使だった。
「父は人柄がいいので、客の一人一人に耳を傾けるのが信条としていますから」
雅は頭を下げ、看板娘は厨房へ戻った。
そして間もなく、白い服を来た職人の男がやってきた。
「どうも。私がこの店を営んでいます主人です」
白い帽子を脱いだ。
(この人。私のような若い女を軽くあしらわないのか?)
看板娘の言うとおり、人柄が良さそうだ。人望がありそうなこの人なら、客の顔も交わした会話も覚えているかもしれない。
「はじめまして。仕事中に呼び出して大変申し訳ない。無礼なのは百も承知ですが、どうしても聞きたいことがございまして」
雅は普段の素っ気ない態度とは違い、とても礼儀正しく相手に話した。
どうしても手に入れたい情報があるから。
「“医者”と名乗る遠方からの来客に覚えはありますか?」
「ほう。医者ですか…」
「恐らくこのお店に十年も前に来ていたはずなんです」
呉服屋や大工などそこらへんの職人ではなく、人を救う使命を任される職、医者。
それほど特殊な人物なら、きっとご主人も覚えているはず。
「そうだな…私の記憶ですと、何人か心当たりはある。どんな方ですか?」
雅は店内に怪しい奴がいないか確認した。
「……黒いコートを着て、黒い髪、シンプルに一本結びをしている男性です。あの頃ですと、見た目は20代後半か30歳超えくらいです。それで顔は___」
ご主人は雅の説明から頭の中で顔のイメージをして、そしてついに1人の人物を思い出した。
「そういえばいたな。アンタが言ってるような見た目の男を」
「本当ですか?!」
そして主人から教えてもらった。
その客は常連だったが、10年前になると全く来なくなったと。
その客は和菓子を買う時、主人に同じ事を言っていた。
『世話の焼ける愛弟子の土産だ』って。