第16章 愛しさと切なさは紙一重
黒子野は前、似たようなこと言ってたな。
『雅さんの横顔を見ると、時折何か悲しそうに見えるんです』
こんなガキにさえ思われるなんて、どんだけ暗い顔してるんだいつもアイツ?
ネガティブばかりになると精神も腐って体調も悪化するぜ。医者のアイツが一番知ってることだろ。
「……何でそう思うんだ?」
「だって先生。全然笑わないんじゃん。女性は笑顔が一番の化粧なんて言うのに……」
雅はそもそも化粧はしないが、笑顔もしないとなるともったいない。
坂本もよく言っている。化粧をすればもっと可愛くなるのに勿体ないと。
それに対し雅は冷たく返す。そんな金があるならもっと有効活用すると。
坂本がお得意の商売話で相手から搾取することはできるが、それでも雅はきっと、それらを売っぱらってお金にして、医療用道具に変えるかもしれない。
彼女ならやりかねない。
「どうなのお兄さん?先生って幸せなの?」
「……さァな。だが一緒に過ごしていて分かる。俺は幸せそうなアイツを見たことねェ」
寺ではいつも仲間達の治療にあたって、一瞬も気は緩めない状況。
仲間達がどんちゃん騒ぎを起こしても、アイツは傍観者のように、全く合わせる気はなく酒をすする。
松下村塾でも、アイツは嬉しいとか楽しいなんて言ったことはねェ。
(やっぱり、“アレ”が原因か……両親と幕府の因縁)
「好きな人がいれば、自然とその人の前で笑顔になるの。お兄さんも先生の前で笑ってたよね?」
娘は両手の人差し指を両頬に置いて、ニコニコをアピールした。
「……」
こんなガキにさえバレるなんて、どんだけ分かりやすい顔してたんだ俺?
「……先生は私の家族を救ってくれて、弟も私も父上も母上も、みんな本当に幸せだよ。でも救った本人の先生が幸せじゃないなんて、こんな不公平な話ある?」
「……あぁ。確かに不公平だな」
アイツは今まで少しでも、楽しいと思ったことはあるか?
どんな些細なことでも、自分の正体や素性を一旦頭からすっぽかせるくらい、愉しいと思ったことがあるか?
もしなかったとしても、作ればいい。今から。