第16章 愛しさと切なさは紙一重
「晋助。言い忘れていたが、私の名前を呼ばないで。他の人には名前を教えてないから」
「何でだ?」
「戦以外の場所ではなるべく身分を隠したいからだ。
・
アンタは知っているだろ?」
「!」
『私の母さんは、世の風潮に刃向かったが故に、世によって犯罪者にされた』
『私はこの先も自分の氏を隠し続け、誰にも素性を明かさないだろう』
雅は亡き母が一族を裏切った咎人だから、自分の身分を隠している。
高杉にとってこの事実は最近聞かされたばかりだった。
(そうだったな…いくら医者でも簡単に名乗りはできねェんだ雅)
もしかしたら、雅って名前も本当は偽名だったりな……
「ねーさっきから後ろで2人でコソコソ何話しているの?」
「いや…大人の話だ。アンタにはまだ早い」
雅はそう言って少女をごまかした。
「あ。さてはアナタ達、若夫婦?」
「!」
「……」
高杉は驚いたが、雅は何やら思い悩んでいた。
(周りから見たらそうなのか?)
「ち、違ェよ。さっき親友って言っただろ」
高杉は少し強めに少女に言った。子供相手にマジになって、少し大人気なかった。
「えーすごくお似合いなのに。ごめんなさい。私そこの甘味屋で用があるから、そのついでに甘いものでもとって機嫌直してよ」
少女はにわかに微笑んでいた。高杉が動揺しているのを笑ってるようで、まるでおちょくっているようにも見えた。
(コイツ……)
「母親からおつかいを頼まれたの?」
「うん!テイクアウトのついでにそこのベンチで食べるよ。イートイン税出せるくらいのお金はあるわ。先生もどう?」
甘いものか……
そういえばさっきまでヒヤヒヤしていたせいか、脱力感で急に何か口に入れたい気もする。
悪くないかもな。
「じゃあ若鮎をいただく」
「じゃあ俺も同じの」
「じゃあ私も!」
全員同じものになった。
雅のカリスマ性といい影響力は、医術によって人の心を掴むだけじゃないらしい。
「はい。どうぞ」
甘味屋の看板娘がベンチに座っている3人に若鮎を持ってきた。
微笑ましいなとニコニコしていた。
雅は若鮎を一口食べてみた。
(え?)
“美味しい”よりも別の衝撃が走った。
(どこかで…食べた気がする……)