第15章 金では得られないモノもある
夜しか営業していなく、こんな朝っぱらからやってもいないのに、まるで中に人がいるのが分かってるように戸を叩いた。
ガチャ
しばらくすると、戸を叩く音に気づいて中から人が出た。
「誰だァ?こんな朝から。ピンポンダッシュしたいなら他を当たれ。うちは新聞無くても情報通なんだよ」
顔に傷がついた怖そうなヤクザが顔を出してきた。
店の中が暗いせいで、顔に影がかかって余計怖く見える。
しかし女は全くひるむことなく、編み笠を少し上げて顔を見せた。
「あ!アナタは!!“姐さん”!」
組長とその組を救ってくれた命の恩人。
「これは失礼しました。お待ちしてました。では中へ」
雅は吸い込まれていくように、その暗闇の中に入っていった。
奥の隠し部屋では、頭たちとその子分達がいた。
雅が姿を現した途端、ヤクザ達は寝不足のような怖い目からあたたかい目になった。
「ご無沙汰してます。姐さん」
「お久しぶりです。姐さん」
「ご足労ありがとうございやす。姐さん」
「こんな朝から、早いですね。姐さん」
「お勤めご苦労様です。姐さん」
姐さん連呼されると、自分の名前を忘れそうになる。
(名前を教えてないから仕方ないことだが)
私は攘夷志士。しかも家事情で幼いときから身分を隠している。
“私の先生”も、母と娘の私の事情を汲んでくれて、私といる時はいつも面をつけてくれたくらいだ。
まあ面を付ける理由は他にもあったが。
例えば、意外とシャイな性格とか。
それぞれの軽い挨拶が済んだところで、いよいも本命と対面。
雅は正座して組長と面と向かった。
「よく来てくれた。先生」
組長からは“先生”と呼ばれていた。
おかしな話だ。組長は雅の三倍は生きているのに、年下の娘を“先に生きる”の“先生”と呼ぶなんて。
「お久しぶりです。早速ですが、いつもの診察をしたいので奥の部屋へ」
心拍、血圧、血液検査など、色々と調べたが、問題なかった。
「特に異常はありません。去年の病気は完治したでしょう」
「それはよかった。まーしばらく酒と食事を控えていたのは少し堪えたがな」
組長は笑いながら言った。