第14章 少女よ、大志を抱け
「へー!どんな人だったの?」
娘は緊張がほぐれてフレンドリーに話しかけた。
「こら。先生にそんなこと聞かないの。すいません。ウチの娘も…」
「いいんですよお母さん。そうだな……真面目で頭が良くて、出来過ぎた弟だったかな」
「へー」
「では私はこれで」
ここ藍屋も今日仕事があるだろう。母の藍屋勘は息子の看病をするから、父親が忙しく働くだろう。
長居はしない。
「あの先生。今更ながら、昨日の主人の非礼、改めてお詫び申し上げます」
藍屋勘は深々と頭を下げた。
「主人は古典的な思想の持ち主で、私が仕事に出ることも許してくれません。アナタのようなお方を目障りと思っていたかもしれません。主人の代わりに私が謝ります」
「……アンタの主人は、きっとアンタ達家族が大事なんだね」
「!」
藍屋勘は顔を上げた。
「この世の中は女性差別が溢れている。街中で働いている姿を見られたら、石を投げられるかもしれない。子ども達の陰口を叩かれるかもしれない。ご主人がそうなんじゃなくて、周りがそうだから、心を鬼にしているんじゃないかな」
雅に言われる前、藍屋勘はそんなこと考えもしなかった。
旦那は頑固頭で、女の自分の意見なんて聞いちゃくれない、言わば亭主関白だ。
でも本当は、不器用ながら家族のことを思って、周りから守るために……
「…私、こんなの初めてです」
“私こんなの初めてです”。それは男を落とすのに使われるテクニックでもある。
が、藍屋勘が言ったのはそのことではない。
「やっぱり、アナタのようなお医者様は、どこを探してもいませんね」
彼女は、技量はもちろんクールで、一見愛想がないように見えても患者のことをより理解してくれる。
腕だけでなく、彼女特有の人の気持ちの汲み取り方がある。
世の中、優しい人は多くいる。決して怒鳴らず、どんなときも笑顔で接する人もいる。
だが、それは本当に優しさと言えるのか。
たとえ周りに誤解されようと、冷徹だと思われようと、悪いことをした人にはちゃんと厳しく叱れる人。
相手のために、自分にも厳しくなれる人。
それが本当の優しさというものではないか。