第14章 少女よ、大志を抱け
検診が全て終わった。
「特に問題はないな」
「……ねえ先生。天国ってどんな場所か知ってる?」
唐突な質問で雅はちょっと驚いた。
「色んな人の病気を治した先生なら知ってるんでしょ?」
「……どうだろうね。私が治してきたのは、天国に行かなかった人達だから。行ったとしても、感想なんて聞いたことがないかな」
雅は心の中ではこう思っていた。
そもそもの、天国と地獄の概念というのは、善行をさせるための動機付けに過ぎない。
善行を働けば、神に救われて天国に行く。逆に悪行を働けば、神の怒りを買い地獄に落とされる。
そんな空想があることで、悪事を無くそうという誰かの企みだ。
「僕ね…天国は死んだ人たちが、幸せに暮らせる場所だって聞いたことあるんだ。それで、昨日僕は死んだら、天国に行くのかなって思ったんだ……」
「……」
「でも、僕が天国に行っても、母ちゃんと父ちゃんと姉ちゃんが来ない限り、そこで独りぼっちだって考えたら、悲しくなったんだ……独りぼっちの幸せなんて、誰も欲しがらないでしょ?」
母の藍屋勘は、息子のその話を聞いて、自然と涙が出た。
「だから、僕を天国に行かせなくて、ありがとう」
皮肉なことに、彼女が人を死へと誘う“死神”と呼ばれるのは、後の戦の話。
雅は別室で藍屋勘にこれからのことを伝えた。
傷が完全に癒えるまで、なるべくおかゆなど柔らかいものを食べること。
1週間は絶対安静で遊んではいけないこと。運動すれば心拍数が上昇し、必ず傷に障る。
何かの拍子で興奮して、心拍数が上昇する事態も避けなければならないこと。
エトセトラエトセトラ。
「以上が、私から伝えておくことです。何か質問はありますか?」
「いえ、十分に知れました。先生。本当にありがとうございます」
正座で深くお辞儀をした。
「あの、ほんのお礼ですが、居間でお茶菓子などよければ…」
この日のために昨日買っておいたのだ。
「いえ。私は急いでいるので…」
ガラッ
「あ!お医者さんだ!」
寝起きで髪がクシャクシャの娘が部屋に飛び込んできた。
「さっきね、利兵衛に会ってきたの!先生のおかげで治ったって」
あと「おっぱいがおっきかった」と言われ、娘は弟に軽いげんこつを食らわした。