第14章 少女よ、大志を抱け
午前6時50分。
早朝だから辺りはまだ薄暗く、人気もあまりない。
そうでなくては。彼女は人目をしのいでここに医者として来たのだから。
雅は藍屋に着き、そしたら中で待って藍屋勘がたすぐに戸を開いた。
「お待ちしておりました。さあどうぞ」
雅は息子の利兵衛がいる部屋に案内された。
藍屋勘が代わりに襖を開けて、雅を丁重に部屋を通した。
ガラッ
「!」
意識がある利兵衛は、雅を見て驚いた。
この少年は手術前後、意識がほとんどなかったから、自分を助けてくれた人はおろか、自分の状態も分からなかった。
つまり雅と会うのは、これが初めてでもあった。
「えっと…誰…?」
(その反応が当然だな)
「初めまして。私は君の体の悪いところを治した者だ。朝早く起こして悪い」
少年は無言でポカーンと雅を見た。
無理もない。初対面の若い女に早朝に話し掛けられれば、すぐには話を飲み込めない。
特に少年のようなまだ幼い年では。
「早速で聞くが、今どこか痛いところはあるか?」
利兵衛は首を振った。
「では、昨日のことを覚えている?」
「えっと…急に胸が苦しくなって、それから目が覚めた時は……母ちゃんがそばで泣いていた」
藍屋勘が息子の利兵衛が目を開けたのを見て、すぐに抱きしめて自然と涙が溢れた。
“利兵衛!!”
“母ちゃん…何で泣いてるの?”
「そうか…それならいい」
雅はふろしきから聴診器を取り出した。
「じゃあ心臓の音を聴きたいから、利兵衛くん。着物を少し脱いで」
確認したところ、鼓動音は問題なかった。
傷口もちゃんと塞がっており、一週間安静にしていれば完全に塞がる。
ムニッ
「!」
利兵衛は雅の胸を触った。
(母ちゃんより大きい…)
「バカッ!何をしてるのよお医者様に向かって!」
母の藍屋勘は利兵衛の頭を叩こうとしたが、術後患者だから大きな声で叱ることしかできなかった。
「すいません先生…ウチの息子がとんだご無礼を…」
「大丈夫です。気にしてません」
無愛想で一見怖い雅に初見でセクハラするとは何たる猛者だ。