第14章 少女よ、大志を抱け
「お前はあの少年を助けた。誰に命令されることもなく自分から。まるで本能のように」
それに雅は、使い込まれた医学書を今まで片時も放さなかった。
本当に医者をやめる気でいたのなら、いつだって手放すことはできたはずだ。
それでも、ずっと持っていたのは……
「お前の昔のことは、これ以上無理に聞くことはしない。だが俺の気持ちは、お前の力を貸してほしい。俺達にはお前が必要だ」
彼女の底知れず卓越した医術は、いずれこの国に絶対必要とされるものだと、桂は確信していた。
痛みを完全に消す麻酔薬。不可能とされた臓器の手術、しかも心臓部。そしてそれを冷静にできる彼女の精神の強さ。
今は国ではなく桂自身が、いや桂達が必要としている。
「だがヅラ、私は……」
雅は反論しようとしたが、桂が言っていることに嘘偽りはなく納得してしまい、話せなかった。
確かに自分はあの少年を救いたいと思って救った。そして、救えてよかったとも思った。
「お前が救えるのは、病に蝕まれ、前を見ることができない者達だ。前を見て生きる力を与えることができるお前が、前を見ずしてどうする?」
「ヅラ……」
桂は初めは雅に気を遣っており、彼女に深くものを言うことができなかった。
彼女が夢を諦めた事情も聞いて、古傷をえぐるようなことをあまりしてはいけないと思った。
だが、彼女の医術を目の前にして、考えが変わった。
もう手加減しない。
雅は命を救った挙げ句、過ちを正すこともした。
並大抵の医者でも容易くできない。
「その医術は、人を救う術でもあり、お前が生きてきた証でもある。だから、その証を簡単に捨てるな。俺も、自分の刀をこの先も、捨てる気はない」
桂は真っ直ぐな目で雅を見据えた。
雅は今まで後ろばかりを見てきて、前を見ることを忘れてしまったのかもしれない。
だから、彼女にはこれから前を見てほしい。前を見て生きてほしい。
そんな思いを、目で訴えた。
(一度失っても、お前ならまた持てるさ。人を救いたいという大志を)
だってお前は、あんな優しい笑顔ができたじゃないか。
必死に人を助けようとし、あんな自分の意志をはっきりと持ち、子供に微笑みかける彼女が、本当の自分なら、もう、自分に嘘を付くようなことはするな。