第14章 少女よ、大志を抱け
これで手術は無事終了。と思ったその時、
「!」
雅の顔が険しくなった。
桂はその異変に気付いてすぐ、利兵衛の異変にも気付いた。
息を、していない。
「雅!!これは…」
しかし雅は刹那、何の迷いもなく人工呼吸を施した。
「!」
5回ほど息を吹き込んで離したら、利兵衛は息を吹き返した。
「よし。あとは麻酔が切れるのを待つだけだ。大丈夫か桂?」
「え?あ、お…い…」
「何だ?17歳にもなって母音の発音練習か?」
色々と質問したいことがあるが、多すぎてどれから質問すべきか分からない。
「お、お疲れだな。雅」
(まさか、躊躇いもなく少年に口付けするとは…)
医者とはなんとも過酷なものだ。今のは、見なかったことにしよう。
(やはり…久しぶりなだけあって鈍っていた。呼吸停止になりそうに…)
術後の少年の容態が確実に安定してから、外にいる家族を呼び出しに行った。
雅の姿が見えた途端、女房の藍屋勘は足元の段差に注意を向けず走り出し、そしてつまづいて転びそうになった。
「あっ…!」
しかし桂が彼女を支えて、転ばずに済んだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます。それで、先生!!息子は……」
藍屋勘は雅にとっさに聞いた。
「成功しました。今は麻酔で眠っていますが、あと10分ほどで目が覚めます」
家族全員が安堵の息を漏らした。
部屋に入り利兵衛が眠っているのを見て、またさらに安心した。
「明日も様子見にここに来ますがよろしいですか?」
「はい!本当に、ありがとうございました!」
旦那と女房と娘が同時に頭を下げてきた。
「……」
この時、雅は何だか、素直に喜べないような複雑そうな顔になっていた。
(雅…??)
「では、明日の朝7時にまたこちらに参ります。私は向こうの“閑静荘”という宿に泊まっていますので」
「分かりました。このご恩は忘れません」
こうして、雅はヒーローのように、1人の少年の命を救ってその場を去った。