第14章 少女よ、大志を抱け
そしてこれは、雅自身が1年後知ることになる。
幕府は第二次攘夷戦争が始まる以前、すでに、それに酷似した代物の開発に成功していた。
“通仙散”程には及ばず、完全に痛みを消すことは出来ない多少痛みがマシになる薬。
それでも、手術の成功率を格段に上げることができる代物だ。
なのに幕府は、その存在を一般庶民に明かしていなかった。
何故なら、今は天人により世が乱れた時代。
第一次攘夷戦争の余波で、各地で多くの反乱もある。
反幕府派の軍勢、攘夷志士や攘夷浪士もゴロゴロいる。
もし麻酔薬の製造方法を世俗に公開すれば、反乱分子の手にも渡る可能性があった。
どんなに粛正しても、傷がすぐに癒えてしまえば厄介だ。
幕府は、庶民の命よりも“国家”(自分達)が転覆することを恐れたのだ。
麻酔薬は、幕府の中でもトップシークレットとして扱われ、将軍家などのお偉い方が病気になった際に使われる秘薬となった。
だから、麻酔薬“通仙散”も、“愁青”という存在も、ただの伝説と世俗に認識されている。
そしてこれは、幕府自身が1年後、第二次攘夷戦争が過激化する中、知ることになる。
青い死神と畏怖される天才外科医、軍医雅。
彼女はその“華岡愁青”の唯一の弟子。
愁青以外で唯一、“通仙散”の製造方法を知る者だ。
話を戻すと、雅は激高した旦那に殴られ、桂に肩を抱かれていた。
(麻酔薬は、“幻の秘薬”と呼ばれている……製造方法は私にしか知らない。旦那殿の言い分はもっともだ)
雅は口の血を拭って、ゆっくり立った。
「雅!」
「大丈夫だ桂。アンタは下がってて」
こうしている場合ではない。息子は今も苦しそうに息をしていて、もう時間がない。
「藍屋の旦那。アンタが息子を心配する気持ちも、いきなり現れた若女を信用できない気持ちも分かる」
「だったら……!」
「だが、私はこの息子以上の難病患者の手術を見てきた。これまで395体もの患者の治療に付き添ってきた。初めてメスを握って実戦訓練したのは3歳の時だ」
『!!』
その場にいる誰もが絶句した。
彼女は嘘をついているようには見えないから。