第14章 少女よ、大志を抱け
「心筋、梗塞?」
この場にいる誰もが、聞いたことのない病名だった。
雅は左側に医療道具一式を揃え、麻酔薬を注射器に入れてセットした。
「な、何をするんだ?」
「今から手術をやらなければ、息子さんは死にます。救うには直接取り除かなければなりません」
『!!』
ちょうどそこで女性と娘が大量の布を持ってきた。
幼い娘にはあまりにも残酷な話だと思い、旦那は部屋の外にいるように言った。女房には残ってもらった。
「あんさん、まさか、うちのせがれの体を切り開くと言ったのか?」
「そうです。いますぐやらなければ息子さんは…」
ガッ! ドゴンッ!
旦那は雅の胸ぐらを掴んで、顔を思いっきり殴った。
殴られた衝撃で雅の体は後ろに放り出され、桂が受け止めた。
「雅!!」
顔を覗いたら、雅の口端から血が出ていた。頬にも殴られた痣ができた。
「何をするんだ貴様ァッ!!」
桂は激昂して腰の刀に手をかけた。
しかし雅が桂の刀を手ごと掴んで止めた。
「雅?!」
旦那はそばにいる危篤状態の息子もお構いなしに、顔を真っ赤にして激昂した。
「お前、息子の体を傷付けるということか!そんなこと許すと思うのか!!」
「やめてアナタ!!」
女性は旦那を押し止めた。
桂は仲間を殴った薄情者の旦那を睨み付けた。
「貴様!それが息子を救おうとする者に対する礼儀か?!」
「黙れ!!女の肩持つ時点でお前は男でも侍でもねェ!女に飼い慣らされる腰抜けだ!」
この染め職人の旦那は、この時代では普遍的な女性差別主義者だった。
男が常に強い立場にいるべきで、女は子供の世話をしていればいいという考えの持ち主だ。
「若人、しかも女のお前なんか、信用するのが間違いだったんだ。体をかっさばく?!そんなことしたらなおさら死ぬに決まってるだろ!!信用した俺が馬鹿だった!」
この時代では、手術はイコール死を表していた。
リスクが大きすぎ、体を切り開けばほぼ命を落とす。
心臓などの内臓に異常がある病気となると、それは不治の病も同然。
雅の師、“華岡愁青”が開発した麻酔薬、“通仙散”のような幻の医療薬がない限り、手術など無謀な治療法だった。