第14章 少女よ、大志を抱け
「お前…」
俺はどんな言葉をかけるべきか分からなかった。
夢を抱いたものが、その夢を失えばどうなる?何もない。空だ。
(雅はきっと、誰よりも大志を抱いていたからこそ、それを失った心の傷が奥深くまであるのだ)
俺に生きる世界や夢を与えてくれたのは、松陽先生だ。
俺が夢を持つきっかけも、その夢自体も、紛れもなくあの人だ。
松陽先生みたいな侍になりたいと、俺はそんな大志を抱いてきた。
だがもしあの人がいなくなったら、俺は間違いなく絶望するだろう。
幼い頃からの夢が見れなくなるだろう。
この時桂は、知らなかった。
雅が救えなかったのは、ただの患者ではなく、自分の母親だと。
雅は医者の道を捨てようとしていたのは、家族を護れなかった自責の念が原因だと。
(だが、やはり俺は……)
『あの子がこの先また、自分に刃を突き立てるようなことがあったら、助けてあげてください』
桂は松陽の言葉を胸に秘め、雅に話しかけた。
「……その力なら、多くの者を救えるのではないか?お前が幼い頃から抱き続けた夢が一度無くなろうとも、お前にはその医術が残ってる。また新たに夢を抱くことは難しいか?」
「……誰よりも一番救いたかった人を救えなかった私が、他人を救えるか?」
雅は低い声で返した。
「それに、たとえ他人を救っても、それで金や名声を手に入れたとしても、その人は帰ってこない」
惨めな気持ちになる……
(私はただ……母親を救いたかった。そのためならこの手をどんなに血に染めても、全身が血塗れになろうが構わなかった)
母は気品があって、美しい人だった。
だけど、気品さじゃ誰も救えない。女らしさなんて、相手を魅了したいだけのただの自己満足だ。
そんなものじゃ、大事なものを救えない。
だから私は気品とは正反対の、手術で汚らわしく手を血に染めることを選んだ。
雅のような美しさを望まない。私は母のような女らしさもあの人が掴んだ人並みの幸せもいらない。
母とは正反対の道を選ぶ。
母の日は、かんざしや着物をあげるんじゃない。
健康な体をプレゼントしたかった。
変わった形の親孝行だが、母が生きてくれれば、それでよかった。