第13章 青い髪、赤い血
「!」
母親は突如自分の口を抑えて、激しい咳をした。
ゲホッゴホッ!
「か、母さん!?」
たまに咳はするのだが、ここまで苦しそうにすることはなかった。
娘は起き上がって、母親の背中に触れようとしたが、母親が止めた。
「だ、大丈夫よ。ちょ、ちょっと……わさびを詰まらせたのよ」
「昨日わさび切らしたよね?」
昨日、近所のおすそわけで活きのいい魚をもらって、刺身で食べたとき、母親がわさびを使い切ったのを娘は目撃していた。
「と、とにかく大丈夫だから」
口を押さえた方の手の平には血がついていたが、それを娘に見られないように背中の後ろに隠した。
そして水と布でしっかり拭った。
「……ねえ、その咳、いつになったら治るの?」
娘はまだ小さいながらも、自分にできることはないのかと悩んでいた。
父親がいない今、この人を心配できるのは自分だけだから。
心配するだけでなく、もっと自分に何かできたらな、とも思っていた。
できるなら、明日朝一に町の薬屋に行って買ってこようかとも思った。
そして母親は、自分を労ってくれる可愛い娘に、ありがとうと言って頭を撫でた。
「そうね…お父さんが帰ってくれば、きっと良くなるわ」
「え?」
予想外の答えに娘はきょとんとした。
鳩に豆鉄砲を食らったようなその顔を見て、母親は笑った。
まだ幼い娘には難しい話だなと。
「私はよく思うのよ。一番の万能薬って、大切な人がそばにいてくれることだって」
何か分かりやすいたとえがないかと、母親は指を頬に立てて考えた。
「じゃあ雅が風邪を引くとするでしょ?」
「うん。引いたこと無いけど」
「それで、そばにお薬が置いてあるのと、それかお母さんがそばにいるのと、どっちが安心する?」
「そりゃ、お母さんに決まってるよ」
「ね。ああ、私が言いたいのは、お薬は必要ないってことじゃないわよ。たとえ薬があっても、元気になってお外で誰かと遊びたいとか、一緒にご飯を食べたいとか。大切な人がいるからこそ、人は誰でも元気になりたいと願うのよ」
自分が生きたいって思わなきゃ、体が良くなるはずがない。
大切な人と添い遂げたい、共に生きたいという意思。それこそが何にも負けない万能薬。