第10章 約束ってのあ、守れなかったときが残酷だ
(私が寝てると勘違いして、陰で上司の悪口か…)
ま、別に本人に言うつもりはない。
誰だって、本人がいないときに陰口言うことはある。
むしろ、こういう機会があってもいいじゃないか。
悪口を言うということは、少なくとも上辺だけの付き合いじゃないという証拠だから。
仲間の軽い悪口でも、お咎めする気も全くない。
辰馬なんて宴のとき、晋助が後ろにいるのに気付かず言ってたからな。
それに、私が幕府や天人に“死神”と忌み嫌われているよりかは、まだマシな方だ。
「ヅラが臆病者?お前らホントに何も解っとらんな。銀時や高杉に笑われるぜよ」
これは意外なことに。辰馬は悪口を言われているヅラを擁護しに入った。
ヅラがいなければ、この戦でとうの昔に負けていた。
よほどの戦上手でなければ、護りの戦いはできるもんじゃないと。
(…同門でもないのに、ヅラのことをよく知っているな……)
辰馬は誰かを憎んで戦に臨むより、誰かの理解者になることのほうがよっぽど向いている。
私とは、本当に逆だ。
眠りに入る前に、辰馬に一言だけ残して寝ることにした。
「……辰馬。返事はいつでも待っている」
パチパチ焚き火の火花が散っている音が聞こえて、あることを思い出した。
あの時、私の身体は動かなかった
真っ暗な夜だったけど、松下村塾が焼かれて炎があがっていたからはっきり見えた
八咫烏の紋章。連れて行かれる松陽。叫び続ける銀時
そして、
師を二度も救えなかった、自分自身。
~~
回想 松下村塾
私は自分の部屋で、いつものように書物を読んでいた。
松陽ではなく、違う先生からもらった医学書をじっくり読んでいた。表紙には、『漫遊雑記』と書かれてある。
銀は向こうの部屋ですでに寝ていた。
「!」
ページの端には、桜の花びらが描かれてあった。
とは言っても形はいびつで、不器用ながら描いたようなものだ。
(なつかしいな…)
「!」
そしてこのとき、あることに気付いた。
いつも隣の書斎にいるはずの松陽がいない。
あの人はお茶目で何をするか分からない人だから、普段は気にしない。
でもこの時ばかり、何だか胸騒ぎがして仕方なかった。