第9章 親に見つかりたくねーもんがあるなら部屋は幾度か掃除しとけ
『てめーの事情なんぞ、俺には分からねェし知ったことか』
かつて、高杉が雅に決闘を申し込んだときに放った言葉。
そんな昔のことを覚えているとは。一見無関心そうな彼女にとって、それほど印象深かったのだろうか。
「言わねえってことは、やっぱ深い事情があるってわけかい」
「……」
自分たちはもう昔のギスギスした関係じゃない。
雅自身も、高杉の出生や生い立ちを知らないわけではない。
かつて、自分の姓を言わなかったのと同じように、自分だけ喋らないのは確かにフェアではない。
はぁ
彼女はため息をついた。
今はもう、背中を預ける仲間の存在なら…
心の中に僅かあった少しの良心により、少しだけヒントを教えることにした。
・・・・・・・・・
「そういう盟約の下で、特別に教えてもらったから言えないんだ」
「!」
松下村塾での幼少期から謎に包まれた存在の雅。
そしてその師匠は、素性を他人に空かすことを許さない謎の医者?
「何でそうする必要があった?」
「それは言えない…いや…知らないと言った方が正しいか。私でもその人の考えが見抜けなかった。マジに謎な存在だった」
おめえが言うな
「名前も顔も、信頼できる僅かな者を除き、簡単に明かさない人だった。そしてその誰もが、その人に厚い信頼を寄せていた」
素性を明かさない奴のことなんて、普通は信用しねえが…
なのにコイツがこれほど言うことは、よほどの腕利きだったのか?
「ただ、これは私自身の主観的な意見だが、あの人こそまさに
・・・
本物の死神だったよ」
「!」
彼女が思い返したのは、かつての自分の師匠の姿。
メスを自分の手を動かすのと同じように、何千もの命を救ってきた。
まさに、“人の死”をこの世で一番知り尽くす存在。
医術の腕はとてつもなくすごかったが、それとは別に恐怖のようなものも感じ取れた。
そんな畏怖の念を抱きこう思う。
まるで“死神”であった、と。
「だから、私が“死神”という名で呼ばれたのも、何かの運命じゃないかと思った。そのおかげであまり悪い気もしなかったのは事実なんだ」