第9章 親に見つかりたくねーもんがあるなら部屋は幾度か掃除しとけ
“……”
少女はまた、だんまりを決め込んだ。
いや、あまりにも突拍子なことで固まったという方が正しいのか。
『私はとある塾長でして、この子は私の教え子なんですよ』
銀時という少年の肩にポンと手を置いた。
『おいおい松陽。塾っつっても、まだ俺1人じゃねーか。履歴書も面接もなしで、しかも旅の途中でいきなり引き入れんのかよ?』
相変わらずの呑気な口調ではある。
しかしそれとは裏腹に銀時は、この状況によく似たかつての自分のことを思い出していた。
部屋も机もない、屍がはびこる平野
そこは面接室でもない、履歴書なんて持っていない
自分にあるのは刀だけ
怪しげな侍は、刀を投げ渡してこう言った
ソイツの本当の使い方を知りたければ、ついて来るといい…
あんな勧誘より、こちらの方が余程まともか…
『ひょっとして、彼女に私を取られてしまうと焼き餅を焼いているのですか?』
『違ェから。それ自分で言って恥ずかしくねェのか?』
お茶目でちょっとだけ自意識な松陽だ。
『アハハ。無理強いではありません。こんな雨ですし、体が冷えてしまうので、しばらくこちらで休息を取ればという提案です。
それに君だって、私以外の稽古の相手が欲しいのではないですか?』
松陽にはお見通しで、銀時は口ごもった。
一方さっきから、少女はずっと黙り込んでいた。
何故か、当の本人の自分を置いて話が進んでいるから。
また、自分の刀に手をかけようとしたが、少し考えた。
この…吉田松陽と名乗る男…何が目的なのかは分からないが…下手に抵抗すれば…こっちが危ないかもしれない
役人と思ったが、いや…むしろ逆か…?
この男が言った塾とやら…こんな子供を受け入れるということは
“同じ穴のむじな…無法者か”
考えたくないが…少なくともコイツらは…
何より、この男から感じられる雰囲気…
『アンタたちは…何者?』
松陽は編み笠を取って、銀時の頭にポンと手を置いた。
『松下村塾で、ともに精進している師弟ですよ』
返事を聞くと、少女は目を閉じて考え事をした。
しばらして目を開けると、松陽の方に一歩踏み出した。
…私が松下村塾に、“弟子”として正式に入ったのは高杉と同じタイミングだ。それまでは、居候していただけで、私はただ、松陽を利用していたに過ぎなかった…