第8章 夜更けって怖いけど大人になった気分がしてワクワクする
彼女は今まで、他人から一定の距離を保っていた。
たとえ、恩人である松陽でも。
警戒心をなかなか解くことが出来ず、ましては、自分を触れることを許すなど。
しかし何故かこの時だけは、全く気にしなかった。
「…それは…人を傷付けたばかりの人間に…言うことなんですか…?」
「あら?何のことでしょう?私はただ、君は夜勤で大変な大人たちのために安眠を施したと思ってましたが」
こんな非常時をそんな軽微に解釈して、松陽のことがさらに分からなくなった。
松陽はそんなお茶目な性格を醸し出しながら、心の中では分かっていた。
少女が刃を使わなかったのは、相手をなるべく傷付けないためだと。
その上麻酔薬まで。
(彼女は彼女なりに、事態を最小限に抑えたんでしょう)
以前の彼女なら、相手を殺めたかもしれない。かつての銀時のように…
それに比べたら、彼女は 明らかに変わった
人間の本質を決める要因。それはその人の周りの環境にある
幼いのにも関わらず恐らく彼女は、厳しい現実を見てきて…
しかし松陽は、周りが少女を何と呼ぼうと、本当は思いやりを持つ優しい子だと、見抜いていた。
少女は今まで、他人に自分のことを話したことがなかった。
松陽に、自分が“医術”を持ってることをずっと隠していた。
彼は、さっきの役人の言葉を聞きそれを初めて知ったが、そのことを咎めることもなく、それを“優しさ”と呼んだ。
少女は周りから“人外”だと畏怖されたことはあったが、そんな風に呼ばれたことはなく、全く慣れない様子で松陽をじっと見た。
しかし、ふと大切なことを思い出した。
「あの…ぎ、銀時が…」
役人の足止めをしにここまで来たのは自分だけじゃない。
アイツは恐らく…
「もちろん知ってますよ。逆に私は君がいることに驚いてたのですよ」
全てお見通しだったらしく、そろそろ悪ガキの説教をしに向かうことにした。
「君は私の後ろにいて下さい。役人を見かけたら教えますので、その時は隠れて下さい」
すると彼女は唐突に口を開いた。
「__ 雅」
松陽は少し驚いて少女を見た。
「それが…私の名前です」
少女は自ら初めて、自分の名を人に教えたのだ。