第8章 夜更けって怖いけど大人になった気分がしてワクワクする
腰には真剣がさしてあり、しばらくじっと動かずに考えていた。
かつて自分を救った、吉田松陽のことを。
あの人は、見ず知らずの私を迷うことなく拾った。銀髪の少年を連れて。
助けてなんて言ってないのに、ついておいでと言われた。
幼女を狙う浪人や賊なんて、今まで何度も出くわした
そのたびに、使い方もろくに知らない刀でただただ自分の身を守ってきた
守ったところで、果たして自分は
今何のためにどこに向かってるのかなんて分かりもしないが
手を差し伸べられても、私はいつもように目も向けないつもりだった
でも、その男は他とは明らかに違った
他の人にはない妙な感じがした
それも、何故だか初めて感じたものではなかった
そして、今に至る…
今思えば私は、その情調に惹かれてこの場所にいると思う
現にここでは、普通に食事もできて、寝る所もあり、学業も修めることができる
“武士道”とか、自分に今まで皆無だったことも学んだ
始めは望んでなかったとしても、松陽には助けてもらった恩がある
そして今、私が成すべきことは…
庭を出て玄関前を通って、夜道に向かおうとしたら
「こんなとこで何してんだ?」
その銀髪の少年、銀時が玄関の隅に寄りかかってた。
「腰に物騒なモンもぶら下げて。普段無口な奴が殴り込みしにでも行くのか?」
相変わらずの口調で、その上自分は木刀と真剣両方を兼ね備えてる。
もしここに彼女ではなく、別の誰かがいれば「お前が言うな」と真っ先に言うだろう。
少女は無の表情で相手を見た。
「私は夜…外にいるのは珍しくない。むしろ…霊嫌いのアンタがいるのが不自然」
「ハッ。俺はいつもボーッとしてるお前とは違う。気まぐれで少し夜の散歩でもしてーと思っただけだ」
授業中もろくに受けず、いつもボケーッとしてる奴が言えることなのだろうか。
確かに銀時の首には赤いマフラーが巻いてあり、本当に出掛けるつもりらしい。こんな夜更けに。
松陽先生が知ればどうなることやら。
例えば、げんこつが舞い降りるとか。
しかし少女は、銀時の悪ガキさと抜け目なさを知ってるほど、松下村塾で過ごしてきた。
銀時は、彼女は先生にチクったりする気の強い女子、またはクラス委員長精神の持ち主じゃないことを十分承知してる。
そして2人がこんな夜に遭遇したのは偶然ではない。