第7章 二人の宝物
「相変わらずだな。」
ふいに頭上から聞こえた声に
千歳はハッと顔を上げる。
「佐助っ!」
「やあ、千歳さん。」
音もなく千歳の横に降り立つと
縁側で寄り添う二人を見やる。
「どうりで最近暑さが増したと思った。」
「それは夏だからじゃない?」
佐助の分かりにくい冗談にも難無く
ツッコミを入れる千歳。
「さすが幸村の娘さんだね。」
ツッコミが的確だ、と笑った。
「今日はどうしたの?」
「たまたま暇を貰えたからね。」
「謙信様が?珍しいね。」
「そう。あの人の気が変わらないうちに
外に出てみたんだけど‥。」
お邪魔だったみたいだ、と笑う佐助は
いつもの飄々とした表情より
少し淋しげに見えた。
「‥じゃあ、私が相手してあげる。」
どーせ、私も暇だったし!と微笑む。
「‥千歳さんが?」
「なに?不満なの?」
「いや、大丈夫。問題ないよ。」
二人の邪魔しないように、
城下に出てくるからと
家臣に伝言を頼み二人で並んで歩く。
並んで座って団子を食べ、
他愛もない話をして
城下の街を散策した。
「こうしてるとデートみたいだ。」
「‥でーと?」
キョトンと首を傾げる千歳。
「そうだな。逢瀬って意味だよ。」
「おっ、逢瀬って‥!」
途端にカアっと顔が赤く染まると
ふふっと佐助が笑みを零した。
「ごめん、千歳さんには早かったね。」
「うるさい!」
恥ずかしさで顔を逸らしてみるが、
夏の夕刻のぬるい風が頬に当たると
一度上がった熱はなかなか
冷めそうになかった。
「あ、蛍だ。」
しばらく歩いて、橋の上で立ち止まる。
フワフワと揺蕩う淡い光に誘われて
二人で橋の欄干に手をかける。
もうすぐ日が落ちそうだ。
「私ね、好きな人がいるんだけど。」
その人はお父様とお母様くらい
歳が離れていて、大人で‥。
いつもフッと現れて、
何考えてるかわからないけど
その人が来ると、楽しくて
フワフワした気持ちになるの。
「私、はやく大人になりたい。」
そうしたらその人にも
一人の女の人として
見てもらえるかな?
千歳が佐助に微笑みを向けると
揺蕩う光がフッと千歳の肩に乗る。
ぼんやりと暖かい光に照らされた
その横顔は少女ではなく、
美しい一人の女に見えた。