第7章 二人の宝物
朝餉を食べ終えると凛と
虎千代は揃って中庭に出ていた。
「母上!見て!蛙がいる!」
ピョンピョンと跳ねる蛙を
瞳を輝かせて追う姿は、
まだまだ子供らしい。
「ほらほら、足元に気をつけてね。」
凛は中庭に面した縁側に
腰掛けて、無邪気な息子を目で追う。
「‥凛。」
ふわりと嗅ぎなれた香りがして、
後ろから温かいぬくもりに包まれた。
「謙信様。」
両肩に掛かる愛しい人の腕に
そっと手をかける。
「どうかしたんですか?」
「‥。」
謙信は凛を腕の中に捉えたまま
ジッと虎千代を見つめている。
愛おしむような二色の瞳の中に、
何か他の感情も混ざっているように見えた。
「‥凛。」
ポツリと謙信が口を開いた。
「お前は笑うかも知れないが‥。
俺は、虎千代に嫉妬している。」
自分の分身のような存在に。
凛の愛情を一身に受ける存在に。
愛しさと、嫉妬が溢れてくる。
「やはり、俺は相手が息子であろうと
お前を奪われたくはないのだ。」
自嘲するような笑みを浮かべて、
謙信は凛を抱きしめた。
将として、父として、
虎千代の成長を願っている事は確か。
誰にも傷つけられる事が無い様に、
虎千代が誰かを守れる様に、
毎日自ら剣術、体術を指導している。
母親が我が子を大事にするのも
当たり前だと分かっている。
だが、どうしても凛に
抱きしめられて嬉しそうにする
虎千代を見ていると、
自分の居場所を取られたような
凛を奪われたような
そんな気持ちが込み上げてくる。
「‥謙信様。」
凛は虎千代にするように
しっかりと目を合わせて
優しく微笑み、謙信を抱きしめた。