第7章 二人の宝物
虎千代が産まれたのは、
シンシンと雪が降り積もる
静かな真冬の日だった。
「ッあああ!!」
お昼過ぎから始まった陣痛で
どんどん激しくなる痛みに
必死に耐える凛。
額には玉のような汗が流れ、
周りで女中達がお産の準備をし
声を張り上げて凛を支える。
「凛様!もうすぐですよ!」
「気をしっかり持って下さいませ!」
「ッうう!!あああ!!」
何度も飛びそうになる意識を
必死に繋ぎ止める。
「謙信様。落ち着いて下さい。」
一枚の襖越しに凛の叫び声が
聞こえる度に、ハッと刀の柄に
手をかけては離すを繰り返し、
部屋の中をウロウロする謙信に
佐助は淡々と言い放つ。
「俺は落ち着いている。」
苛立ったような焦っているような
表情を浮かべる謙信。
「いや、どこがだよ。」
佐助の横では幸村が溜息をつき、
呆れたように謙信を見やる。
凛の陣痛が始まってから
八つ当たりのように何度も
切りかかられた幸村は
心なしかゲッソリしていた。
「佐助。わーむほーるを作れ。」
五百年後から優秀な医者を連れて来い。
謙信は佐助を見ず、うわ言のように
ブツブツと呟きながら部屋を歩く。
「無茶言わないで下さい。」
佐助は主君の乱心にも慌てず
いつも通り飄々と答えた。
「謙信。お前がウロウロしていると
産まれるものも産まれないぞ。」
黙って成り行きを見守っていた信玄は
はははっと笑って見せた。
「黙れ、信玄。」
その口、切り刻んでやろうか、と
謙信は信玄を睨みつけ柄に手をかける。
「喧嘩は外でやって下さい。」
今度は佐助が二人を睨む番だった。
「っつ!!!うあああ!!」
瞬間、一際大きな凛の声と
ワアッという歓声が聞こえ、
少し遅れて、小さな小さな
産声がその場を包んだ。
「ふぎゃあ‥ふぎゃあ。」
四人がハッと息を呑み静止すると、
閉ざされていた襖が
静かに開き女中頭が恭しく頭を下げた。
「謙信様、おめでとうございます。
立派な跡継ぎ様で御座いますよ。」