第9章 囲いの鳥
春日山城に戻ると門前に
仁王立ちした幸村の姿が見える。
「おっせーよ。」
小走りで駆け寄ってきた凛の
額をコツンと小突く。
「‥ご、ごめん。」
「ったく‥。心配かけんじゃねー。」
そう言って幸村はスタスタと
先を歩いて城に入っていった。
「おや、お帰り。姫。」
「ただいま戻りました。」
ペコリと頭を下げると、ふわりと
頭に大きな手のひらが乗せられる。
「羽は伸ばせたかい?」
ニッコリと信玄が微笑むと、
全てを包み込むような笑顔に
ホッ肩の力が抜ける。
「‥はい。」
凛がぎこちなく微笑むと
信玄は、何か考えるように眉根を寄せた。
「あ、信玄様。うし‥」
佐助が後ろと言うより早く
信玄が振り返りざまに懐刀を抜く。
――キィンッ
「その手を避けろ、信玄。」
刀同士の擦れる音に重ねて、
低く、淀みの無い声が聞こえた。
大柄な信玄の身体に隠れて
姿は見えないが、謙信の声色から
怒りが滲み出ているのが分かる。
「おー。怖い、怖い。」
そんな顔してると姫に嫌われるぞ、と
信玄が刀を薙ぎ払う。
「謙信様っ!」
堪らず、信玄の身体の影から
脇に飛び出した。
「‥遅くなってごめんなさい。」
真っ直ぐに謙信の瞳を見つめると
二色の瞳が微かに揺らいだ。
謙信は信玄を鋭く睨むと、
ふん、と鼻を鳴らし刀を収める。
信玄はやれやれと言わんばかりに
わざとらしく肩を竦めて見せた。
「‥凛、行くぞ。」
「はいっ。」
凛は、ありがとうございました
と、信玄と佐助に向ってペコリと
お辞儀をして、謙信の後を追いかけた。
「‥佐助。」
「‥なんでしょう、信玄様。」
いつに無く真面目な声色に
佐助は信玄の横顔を見つめた。
「‥謙信をよく見ていてくれ。」
信玄は先を歩く二人を
目を細めてを見つめている。
「‥はい。」
愛するものへの異常な執着。
独占欲。
失うことへの恐れ。
凛と恋仲になり少しずつ
謙信が変わり始めていた矢先だ。
恐らく、命を受けた忍は
今日見た事を全て謙信様に
漏らさず報告し、完遂するだろう。
「‥何もなければいいですが。」
「そうだな。」
小さな歪から、少しずつ
大きな歪へと広がっていくような
不安がまとわりついていた。