第9章 囲いの鳥
「んー、いい天気!」
久々に城下の空気を吸い、
腕を大きく広げる凛。
城下の市は、店先に打ち水をしたり
威勢のいい呼び込みが飛び交い、
夏の日差しに負けない程
活き活きとしている。
「おっ、凛ちゃん!」
今日は良い反物が入ったよ!と、
すっかり顔馴染みのご主人に呼び止められた。
「おじさん、おはよう!」
ほんと!綺麗だね!と
凛は、嬉しそうに頬を緩ませる。
「凛ちゃん!後で寄りなよ!」
いい夏野菜が採れたよ!と
向かいの女将さんからも声が掛かる。
「はーい!」
笑顔が飛び交う市場。
凛はここが大好きだった。
市場をいろいろ見て回り
一段落ついた頃、休憩しようと
甘味所に立ち寄る。
「凛ちゃん、いらっしゃい。」
「涼太さん、お久しぶりですっ!」
ニコニコと愛想の良い店主は
若くして父からお店を継いで、
一人で切り盛りしていて
佐助や幸村と城下に出る度に
お邪魔していた。
「本当に久しぶり。いつものでいい?」
「はいっ、お願いします。」
市から少し離れた場所にある店は
小さいながらも綺麗に手入れされていて
軒先から入る風は涼しく心地よい。
「はい、どーぞ。」
暫く外を眺めていると、
お盆に乗せられた抹茶と
出来立てのみたらし団子が
運ばれてきた。
「わあ!頂きます!」
んー!美味しいっ!と
頬に手を添え頬張る凛。
その様子を涼太は
嬉しそうに眺めていた。
「謙信様とは相変わらずかい?」
「はいっ!お陰様で‥。」
少し照れたように頬を染め、
ふわりと微笑んで見せる。
城下に出る時は必ずと言っていい程
謙信が寄り添い、並んで歩いていた為、
女嫌いの謙信様が姫を連れていると
お祭り騒ぎになった事もあり、
謙信が凛を寵愛していると
いう話は城下にも広がっていた。
「‥そう。」
道理でなかなか来れない訳だね、と
ぎこちなく笑ってみせる涼太に
凛は首を傾げる。
「‥俺ね、次に凛ちゃんが
来てくれたら伝えようって
思ってた事があるんだ。」
「‥涼太さん?」
その真剣な横顔に押され、
飲みかけの抹茶の椀を盆に戻す。
穏やかで、静かな昼下がりに、
蝉の声がやけに大きく聞こえた。