第9章 囲いの鳥
「じゃあ行ってきます!」
よく晴れた空に、凛の
笑顔がより輝いて見える。
暑さからか、いつも降ろしている髪を
今日は後ろで綺麗に結い上げていた。
「気をつけて行け。」
「行ってらっしゃい。」
謙信がついていかないように
見張っていろと信玄に言われ、
佐助も見送りに出てきていた。
手を振り、城門をくぐる凛を
見届けると二人で城に戻っていく。
「‥謙信様。」
「なんだ?」
「監視しすぎるのはどうかと‥。」
あくまで表情を変えず淡々と進言する。
(やはり気づいたか。勘のいい男だ‥。)
謙信お抱えの忍軍団、軒猿を
まとめる若きリーダーであり、
謙信の右腕として傍に仕える佐助は
些細な変化も見逃す事はない。
「‥ただの護衛だ。」
「なら、いいですけど。」
城に戻ると、二人で広間に入る。
「お、姫は行ったのか?」
「ええ。見張り付きで。」
しれっと佐助が返事をする。
謙信の鋭い視線にも
佐助は飄々と表情を崩さない。
「謙信の過保護は病気だな。」
やれやれ、と戯けてみせる信玄。
「愛する女を心配して何が悪い。」
「‥愛というか執着だろ。」
信玄の横で、ぼそっと幸村が呟く。
「‥執着、か。」
何かを考え込むように、謙信の瞳が陰る。
「幸村にはまだ早いよ。」
幸村の正面に腰を降ろす佐助。
「なっ!俺だって、あ、愛くらい‥!」
「幸村はまず女心を学ぶ所からで。」
「おいっ!お前だって変わんねーだろ!」
わいわいと二人が盛り上がる中、
謙信は一人黙って考え込んでいた。
執着――‥
わかっては、いる。
凛は自由に羽ばたいてこそ
輝きを増すという事くらい。
しかし、同時に不安も押し寄せる。
いつか居なくなるのでは、と。
他の男に攫われはしないかと。
愛らしく、可憐でありながら
時折見せる女としての色香。
白い肌に、美しい髪。
外見もさる事ながら、内面も
素直で凛々しく、美しい。
凛に惚れぬ男など
この世に存在するのかと思う程。
押し込めている不安の渦に、
愛が執着となりうねりを上げる。
誰にも触れさせはしない――。
幸村と佐助の言い合う声が遠く聞こえる。
そんな謙信を腕を組み、思案する様に
信玄は目を細めて見つめていた。