第9章 囲いの鳥
「‥出てこい。時間が惜しい。」
謙信は、苛立ちを露わにすると
静かに立ち上がり刀の柄に手をかけた。
凛が謙信を見上げるのと同時に
ガサガサと周りの茂みから
数人の男達が現れ、
一様に刀を握り、ニヤニヤと
気味の悪い笑みを浮かべている。
「今日はついてるな。」
「ああ、金も持ってそうだ。」
「いい女もいる。あの女は俺が貰う。」
まるで値踏みするかのように、
不躾に凛を見やる。
その言葉にピクリと反応した謙信は
音もなく刀を引き抜いた。
「おい、女と金目のモンを置いて‥」
――ガキィン!
男が言い終わる前に金属音が響き渡る。
「‥なんだ?‥っ!」
謙信に刀を弾き飛ばされた事に
気づくと同時に腹部に鈍い痛みを感じる。
「やっちまえ!」
男の一人が声を上げると、
呆気に取られていた周りの仲間が
謙信に一斉に切りかかる。
「‥ふん。」
振りかかる太刀筋を受け流し、
鋭い一撃を放つ謙信。
「‥ぐっ!」
「‥痛え!くそっ!」
死なぬように急所は外しながらも
動けぬよう斬り付けていく。
「‥きゃああ!」
邪魔にならないよう木陰に隠れていた
凛を見つけ、腕を掴む。
「死にたくなかったら大人しくしろ!」
凛は振り払おうと必死に
腕を振るうが力で勝てる筈も無い。
「‥その汚い手を離せ。」
凛の腕を掴んでいた男が
ハッと気づいた瞬間、力が抜ける。
「‥?‥うああっ!」
音もなく切り落とされた自分の腕に
目をやると、男が崩れ落ちた。
気づけばその場に居た男達は
全員切り伏せられ、呻き声を上げている。
「‥凛。怪我はないか?」
優雅な仕草で刀を収め、
震える凛を優しく抱きしめる。
「‥謙信‥様。」
ふわりと謙信の香りに包まれると
腕を掴まれた恐怖が
少しずつ和らいでいった。
「帰るぞ。」
不愉快そうに眉根を寄せた謙信は
凛を抱き上げ、馬に跨った。
「誰にも触れさせん‥。」
謙信の小さな呟きは
凛の耳には届かなかった。