第8章 ー生ー
照は暇を見つけては、懐に竹筒と、それから数枚の手拭いを忍ばせ、蔵を訪れた。
竹筒には乳代わりに飲ませる重湯を入れ、縫い合わせた手拭いはおしめにするためだ。
蔵の鍵を外し、重い鉄扉を開けると、湿気た匂いが鼻を突いた。
幾つもの長持が積まれた通路を抜け、その奥にひっそりと隠れるようにある木扉を開ける。
すると照が来るのを待っていたかのように、智が小さな泣き声を上げた。
照は懐の物を一通り床に出すと、元々設えてあった箪笥の扉を開け、藁(わら)で編んだ篭から、白い顔を真っ赤にして泣きじゃくる智を抱き上げた。
「おやおや、こんなに濡れて…。すぐに代えて上げようね…」
大野の妻が眠る薄い布団の上に智を下し、濡れた産着とおしめを、それは手際よく代えた。
「さあ、これでさっぱりしたろ?」
着替えを済ませた智を再び抱き上げると、今度は竹筒に入れた重湯を椀に移し、木の匙で智の口元へ運んだ。
「美味しいかい?」
まだ物も言えぬ智に向かって問いかける。
すると智はその問いに答えるかのように、紅玉のような目を細めては、小さな笑い声を上げた。
「そうかそうか、美味しいか。ほら、たんとお飲み?」
たんと飲んで、早く大きくおなり…
心の中で願いながら、傍らで眠り続ける大野の妻に目を向けた。
もし奥様がこのまま目覚めなかったら…
この子は私が守らなければ…
照は何時しか自分の中に、母性のような物が芽生え始めていることを感じていた。