第8章 ー生ー
「いい? 手筈通りにやってちょうだい。それと…」
あちこち糸の解れた綿入れの中で、ぴくりとも動かず寝息を立てる小さな白い塊を相葉の腕に抱かせながら、照は目の端に溜まった雫を指の腹で拭った。
「くれぐれも旦那様に見つからないように…。いいわね?」
旦那様に見つかれば、この子の命はおろか、相葉の命すら危うくなる。
それだけは何としても避けなくては…
「はい。でも照さんは…」
自らが危険に晒されるかもしれないという時に、照の身を案ずる相葉に、照は大丈夫とばかりに胸を叩いて見せた。
「さあ、これが蔵の鍵よ…。さ、早く…。直に旦那様がおいでになるわ。その前に…」
照のどこにそんな力があったのか、廊下の端から端まで目を配りながら、相葉の背中を押しやった。
「急いで…」
相葉が声もなく頷き、辺りに目を配らせながら階段を駆け下りる。
その後ろ姿に、照は両手を合わせた。
神様、仏様…
どうか…どうか、あのお子を…
あの穢れのない、雪のように白く儚い命と、天高く伸びた竹のように真っ直ぐな心根を持った青年を、どうかお守り下さい…
照は強く強く祈った。
そして相葉の姿が見えなくなると、部屋に残された二宮医師の前に両膝を折った。
「このことはどうかご内密に…」
額が床に着く程に腰を折り曲げた。
二宮医師は一瞬面食らったような素振りを見せたが、すぐに照の前に跪き、
「どうぞ顔を上げて下さい。このことは一切他には他言しまんせから…、どうかご安心を…」
照は二宮医師のその言葉を信じた。
寧ろ、その時の照には、そうするより他なかったのだ。