第8章 ー生ー
程なくして、重湯を入れた椀を盆に乗せ、扉を叩いた相葉を、照は迷うことなく部屋へ入れた。
盆を受け取った照は、それを寝台の横に設えられた足の長い丸座卓の上に置くと、神妙な面持ちで相葉の手を取り、
「いいかい、これから話すことは一切他言無用だからね?」
前置きをしてから寝台で小さな笑い声を立てる赤ん坊を指で差した。
相葉は訝しげに思いながらも、指の先を両目で追った。
そして、二人いるうちの一人の赤ん坊に違和感を感じると、
「…ひっ…!」
照と同じように短い悲鳴を上げた。
「ま、まさか…このお子が悪魔…だと…?」
「私にも分からないわ…でも…」
照は元々皺だらけの顔に更に皺を刻み、緩く首を振った。
「でも、もしそうだとしたら…、いいえ、そうでなくても、私はこの子をこの手で殺めなくてはならないの…」
それが主である大野の命だから…
「そ、そんな…。いくらそうであったとしても殺すなんて…」
相葉は手で口を覆うと、目に涙をため、紅玉のような目玉をきょろきょろと動かす、小さく白い塊を見下ろした。
「よく見ると、雪兎のようで可愛らしいのに…。照さん、本当にこのお子を…?」
信じられないと言った風に首を横に振る相葉に、照は息を深く吸い込むと、銀糸の髪で覆われた頭を、ささくれた指の先でそっと撫でた。
「相葉、お前にお願いがあるの。頼まれてくれるかしら…」
主の命に背けば、使用人である照にとっては万死にも値すること…
それでも照は、その真っ白な命を殺めることは、どうしたって出来なかった。